工事代金の未払が発生|建設業の債権回収と時効について解説

1.はじめに

元請業者から受注した工事の代金が支払われないとき、下請け業者はどのようにして代金を回収すれば良いのでしょうか。適切な対策を取らなければ、従業員への給料の支払いができなくなったり、資金繰りが悪化し、自社の経営状況にも影響する可能性があります。

2.工事代金未払の原因について

工事代金が支払われない場合、回収のためにはその原因を把握することが重要です。

(1)元請業者の資金繰りが悪化した場合

元請業者(発注者・施主)の資金繰りが悪化し、単純に支払いができなくなったという場合があります。

元請業者であっても、別の工事では下請けとなり、一時的に資材や材料の費用を立て替えなければならないことがあります。その他にも、施工ミスを理由に瑕疵担保責任(契約不適合責任)を追及されたり、労働者災害が発生して安全配慮義務違反を追及される、など、資金繰りが悪化する原因にはさまざまなものが考えられます。

(2)契約書に問題がある場合

契約書(工事請負契約書)を締結したにもかかわらず、代金の支払時期や回数などについて定めていない場合があります。

それほど規模の大きくない工事であれば、工事代金は、完成後・引き渡しと同時に一括払いとされることもあります。しかし、工期が長く請負金額も大きい工事の場合、次のように複数回の支払いが定められるのが通常です。

①工事開始時(契約金・着手金・前払い金)

②工事期間中の出来高払い(中間払い)

③完成後・引き渡し時

このほかにも、工期の途中で建築に必要な資材や材料の価格が高騰した場合に、施主と施工業者のどちらが負担するのかなどが定められることもあります。

契約書の作成は、建設業法で義務付けられていますが、契約書を作成していないというケースもときどき見受けられます。契約書がない場合はもちろんのこと、せっかく契約書があっても、契約内容を適切に定めていなければ、トラブルが生じた際に有利な解決ができなくなってしまいます。契約を締結する段階からリスク回避を意識して、契約書に適切な内容を定めておく必要があります。

(3)工事内容に変更があった場合

工事内容に変更があった場合、工事金額が変動する可能性があります。しかし、工事内容の変更の度に契約書が作成されない場合が多くあります。

追加工事の場合、工事代金が増額となることがほとんどですが、契約書がきちんと作成されていなければ、工事代金を支払ってもらえない危険性があります。

(4)完成した建物を先に引き渡してしまった

請負契約では、完成した目的物の引き渡しと同時に報酬を支払わなければならないとされています(民法第633条)。しかし、下請け業者は元請業者との関係で弱い立場にあるため、元請業者の要望に応じてしまい、完成した建物を代金支払いよりも先に引き渡してしまうことがあります。

支払いを受ける前に建物を引き渡してしまうと、支払いを受けるまでは建物を引き渡さないという留置権(商法第524条)を行使することができなくなってしまいます。引き渡し時期について交渉する際には、この点に注意する必要があります。

3.未払いの工事代金を回収する方法

請負契約の締結や引き渡し時期などに注意したとしても、工事代金の支払いを受けられない事態に遭遇してしまう可能性はあります。その際には、他社と競合する前に、早期になるべく多くの代金を回収するための対応を取る必要があります。

(1)代金回収の流れ

一般的な債権回収の流れは次のとおりです。

①未払いの理由を確認する

未払いが発生している理由によって、その後に取るべき対応も変わってくるため、まずは元請業者が工事代金を支払わない理由を正確に把握する必要があります。

②交渉による督促・催告をする

元請業者が不払いに陥った理由が分かれば、それに応じた提案などを行い、当事者間での交渉によって支払いの督促・催告を行います。

③弁護士名義の書面で工事代金を請求する

当事者間での交渉で解決することができなければ、弁護士名義で工事代金を請求する書面を作成し、内容証明郵便等の方法でこれを送付します。

弁護士名義の書面には、支払期限、支払先銀行口座などの工事代金に関することの他、速やかに支払がなければ訴訟などの法的措置を取らざるを得ないことや、訴訟になれば遅延損害金や弁護士費用などを併せて請求することも記載します。

④法的措置をとる

工事代金の請求を弁護士名義で請求しても元請業者が支払いに応じなければ、法的措置に移行します。

(2)法的措置の進め方

事案ごとにとるべき法的措置は異なるため、弁護士に相談のうえ、次のような法的措置のうちから、最適な方法を選択することが大切です。

(3)支払督促

裁判所から、債務者に対して督促してもらう手続きです。

債務者(元請業者)から異議(督促異議)があれば、通常の訴訟手続きに移行することになりますが、そうでなければ1~2か月程度で強制執行手続きを行うことができます。

(4)訴訟

民事訴訟を提起し、支払いを求める手続です。勝訴すれば、未払工事代金を強制的に回収することができます。

訴訟の進行の中では、多くの場合、裁判所から和解案が提示されます。そのため、訴訟の途中で和解によって解決できる可能性もあります。

和解の場合、判決よりも早期に解決でき、強制執行をしなくても、任意の支払いを期待できるといったメリットがあります。

なお、訴訟を提起してから判決までの間に元請業者の資金繰りが悪化するなどした場合、せっかく勝訴判決を受けたとしても、回収不能となり目的を達成することができなくなります。

このような事態を防止するために、訴訟を提起する前に、後述の仮差押えを行うことによって財産の保全を行うことが重要です。仮差押えの対象となるのは、元請業者が所有する不動産、銀行預金、工事代金債権などが考えられます。

(5)強制執行

債務名義(仮執行宣言付支払督促、確定判決、和解調書など)がある場合は、強制執行手続きによって、強制的に代金を回収することが可能です。

①預金の差し押さえ

元請業者が取引している銀行がわかる場合には、元請業者の銀行預金を差し押さえることにより、強制的に支払いをさせることが可能です。銀行預金を差し押さえた場合、元請業者の預金先の銀行から、自社に対して、直接、工事代金の支払いを受けることができます。

②不動産の競売

元請業者が不動産を所有している場合は、その不動産を判決に基づいて競売にかけることが可能です。不動産が売れたらその代金から工事代金を強制的に回収することができます。

③動産執行

元請業者がゴルフ場や、美容院など、常に現金をおいているような事業をしている場合は、判決に基づき、元請業者の現金を差押えて、工事代金の支払いを受けることも可能です。このような方法を動産執行といいます。

通常は、動産執行の方法で支払いが得られる金額は多くありません。多額の現金を元請業者が普段から保管しているというケースはあまりないためです。動産執行を行うことには、動産執行による回収だけでなく、動産執行を通じて元請業者に対して毅然たる姿勢を示すという意味もあります。

(6)事前の仮差押えが重要

「仮差押え」は、訴訟の前に債務者(元請業者)の財産を凍結してしまい、処分できなくする手続きです。

仮差押えが重要なのは、仮差押えをしておかないと、裁判に勝訴しても、相手方の財産が散逸してしまい、支払いが受けられないリスクがあるためです。裁判の前に仮差押えをすることによって、相手が銀行預金を引き出せないようにしたり、相手が持っている不動産を処分できないようにすることができます。

仮差押えをした上で、裁判で工事代金の支払いを命じる判決が出た時点で、相手の銀行預金を差し押さえたり、相手の不動産を競売にかけることで、支払いを確実に得ることができるようになります。

仮差し押さえは、迅速に進める必要があるため、弁護士に相談されることをお勧めします。

4.未払いの工事代金の回収で知っておくべき点と注意すべき点

(1)特定建設業者の立て替え払い制度

工事代金の未払い等によって、当該工事の建設のために雇っている労働者への賃金支払いが滞った場合、元請業者が「特定建設業者」であれば、立替払いを受けることのできる場合があります(建設業法第41条2項)。

特定建設業者とは、建設業法第15条の定める基準に適合した建設業者のことをいいます。特定建設業者は、直接契約している1次下請け業者だけでなく、1次下請け業者から発注を受けた2次・3次の下請け業者も保護する義務を負っています。

たとえば、自社が2次下請けで元請業者が1次下請けであった場合には、元請業者が特定建設業者かどうかを確認してみると良いでしょう。

(2)工事代金の請求には時効がある

未払いの工事代金がある場合には、消滅時効に注意する必要があります。

請負契約に基づく工事代金債権は、権利を行使することができるときから10年、権利を行使することができることを知ったときから5年で時効により消滅します。通常、建物を引き渡せば工事代金を請求できると知るはずですから、工事代金債権の時効は5年と考えておくべきでしょう。

(3)遅延損害金を請求できる

契約で合意した支払期限を過ぎても支払いがない場合は、遅延損害金を含めて請求することが可能です。遅延損害金の利率は契約で別段の合意をしなければ、民法第404条2項に従い「年3%」です。

(4)契約書がない場合

前述したように、契約書の作成は義務付けられていますが、たとえ口頭での合意だけであったとしても、契約は有効に成立します。したがって、契約書がない場合も、仕事の目的物を完成して、これを引き渡せば、工事代金を請求できます。

しかし、トラブルになった場合、契約書がなければ自社にとって不利益な結果となる可能性が高くなります。契約書を作成していなかった場合は、仕様書・設計図・見積書・請求書など、契約があったことを確認できる資料を残しておくようにしましょう。

5.未払い工事代金の回収で弁護士がサポートできること

(1)手続きを一任できる

工事代金未払いのトラブルに巻き込まれてしまった場合、早い段階で弁護士に相談すれば、元請業者との交渉から内容証明郵便の発送、さらには裁判手続きに至るまで、代理人として、すべての手続きを委任することができます。

債権回収手続きを弁護士に一任しておくことで、トラブル解決のための余計な負担を負うことなく、自身は通常の業務に専念することが可能となります。

(2)最適な回収方法を検討してもらえる

建築トラブルや債権回収の知見が豊富な弁護士であれば、事案に応じた最適な回収方法を提案することが可能です。費用倒れや期待した金額を回収できなかったなどの失敗を回避できる可能性が高まります。

5.まとめ

工事代金の未払いは、よくある建築トラブルのひとつですが、その原因はさまざまです。

交渉で解決しなければ法的措置へ移行する必要があるので、早い段階から弁護士に相談しておくことが適切といえます。

弁護士に依頼すれば、契約書のレビュー段階から関与することができるので、トラブルを事前に回避するための予防法務も可能となります。

Last Updated on 9月 24, 2024 by kigyo-kumatalaw

この記事の執筆者:熊田佳弘

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