
医療費未払いの深刻化
医療費の未払いが深刻化する背景には、経済的要因、制度的要因、モラル意識の問題があります。
(1) 経済的要因
高齢化に伴い年金収入のみで生活する高齢者が増加する一方、現役世代でも非正規雇用や低賃金などで収入が不安定な人々が増えており、医療費の支払いが困難なケースが少なくありません。また、医療機関の窓口で支払いを求められる一部負担金が重荷になることもあります。
(2) 制度的要因
制度的な問題として、公的支援制度の複雑さや周知不足も一因となっています。
生活保護や高額療養費制度などの支援があっても、情報にアクセスできない人や申請手続きに不慣れな人々は、適切な支援を受けられず支払えないことがあります。
外国人患者の増加により、保険未加入や支払い能力の問題も浮上しています。
(3) モラル意識の問題
患者側のモラルの低下や「後で払えばよい」といった意識も影響しています。
一部では、支払意思が乏しいケースや、身元不明の患者による未払いも報告されています。こうした背景が重なり、医療機関は未収金の増加に悩まされています。医療費未払いは単なる個別の問題ではなく、医療制度全体の信頼性にも関わる重要な課題です。
こうした状況に対し、医療機関側は未収金の回収負担が大きくなり、経営への悪影響も懸念されます。医療費未払いの問題は、個々の患者の問題にとどまらず、社会全体の課題として、制度の見直しや福祉との連携強化が求められています。
医療ミスと疑われるケース
医療費未払いの原因の一つとして、医療ミスが疑われる場合があります。
患者やその家族が診療内容に納得できず、医師の対応や治療結果に不信感を抱いた際、「ミスがあったのだから支払う必要はない」と判断し、医療費の支払いを拒むケースがあります。
このような場合、患者側は治療の不備や過失を理由に未払いを正当化しようとしますが、法的には診療報酬の支払い義務と損害賠償請求の問題は別個に扱われるものであり、未払いを正当化する理由にはなりません。
しかし、実際の医療現場では、治療結果に不満を抱く患者が「医療過誤ではないか」と感じることが少なくなく、その感情が支払い拒否へとつながることがあります。特にインフォームド・コンセント(説明と同意)が不十分であった場合、患者との信頼関係が崩れ、誤解や不信を生みやすくなります。また、治療中に予期しない合併症や症状の悪化が生じた場合でも、患者がそれを医療ミスと誤認することもあります。
このようなトラブルは、医療機関にとっても重大なリスクであり、診療報酬の未収に加え、訴訟や風評被害といった更なる問題に発展するおそれがあります。医療費未払いを防ぐためには、丁寧な説明や記録の徹底、早期の相談対応など、患者との信頼関係の維持が重要となります。
医療費未払いの回収における注意点
未払いの医療費を回収する際には、法的手続に入る前の段階から慎重な対応が求められます。
まず、患者との信頼関係を損なわないよう、請求や督促は丁寧かつ冷静に行うことが重要です。
一方的で威圧的な対応は、患者との関係を悪化させるだけでなく、医療機関の評判にも影響を及ぼしかねません。
初期対応としては、支払期限を過ぎた段階で速やかに文書や電話による通知を行い、支払いを促すことが基本です。
その際、支払い方法の柔軟な提案(分割払いなど)を示すことで、経済的に困窮している患者にも対応しやすくなります。また、未払いの理由を丁寧に確認し、経済的理由であれば社会福祉制度の活用を案内するなど、支援的な姿勢を取ることも効果的です。
医療機関としては、医療サービスの提供者であると同時に、社会的信頼を維持する存在であることを念頭に置き、冷静かつ慎重な対応を心がけることが大切です。
医療費未払いに対する法的措置の種類
医療費未払いに対する法的措置として民事上の請求手続があります。
(1) 内容証明郵便による請求
まず基本となるのは、内容証明郵便による請求があります。
これは、未払いがあることを正式に通知し、支払いを求める書面であり、後の法的手続の前提資料としても活用できます。
(2) 支払督促
次の段階として支払督促制度を利用することが考えられます。
支払督促は簡易裁判所に申し立てることで行うことができ、相手方から異議が出されなければ、判決と同様の効力を持ち、強制執行をすることができます。
異議が出た場合は通常の民事訴訟に移行します。
(3) 民事訴訟
民事訴訟では、医療機関が提供した医療行為の正当性や費用の明細、患者の受診履歴などを証拠として提出する必要があります。
勝訴判決を得た後でも、なお支払いがなされない場合には、債務名義に基づいて強制執行(給与差押え、預金口座差押えなど)を行うことも可能です。

医療費請求の時効について
(1) 医療費請求の時効
医療費請求の時効については、民法の規定に基づき、通常は「債権が行使できる時から5年」とされています(民法第166条1項)。
つまり、医療機関が患者に対して診療を行い、医療費を請求できる状態になってから5年以内に請求しなければ、時効により請求権が消滅します。
具体的には、医療機関が自由診療や保険診療による自己負担分などの医療費を請求する場合、診療終了日や支払い約定日が「債権が行使できる時」となります。
(2) 時効の中断・更新:
以下のような対応により、時効の進行を止める(中断する)ことができます:
① 内容証明郵便での請求(催告として6ヶ月間時効の完成が猶予されます)
② 支払督促や訴訟の提起
③ 患者による一部支払い、債務の承認
適切な対応を取らないまま放置していると、5年の時効期間が経過して医療費を回収できなくなるため、医療機関は未収金の管理と早期対応が重要です。
医療費未払いを防ぐために
医療費の未払いを防ぐためには、医療機関側が事前予防と早期対応の両面で対策を講じることが重要です。
まず、受付時に保険証の有効性を確認することは基本であり、外国人患者については在留資格や保険加入状況も確認することで、支払い能力を見極めるポイントとなります。
加えて、初診時や高額な医療が見込まれる場合には、見積もりを提示し、事前に支払い方法や費用負担の説明を丁寧に行うことで、患者とのトラブルを未然に防ぐことができます。
また、支払いに不安がある患者に対しては、分割払いや公的支援制度(高額療養費制度、減免制度等)の案内を積極的に行い、経済的負担の軽減を図ることが望ましいと言えます。患者の状況に応じた柔軟な対応は、支払意欲の維持にもつながります。
さらに、未収金が発生した場合には、速やかに督促を行い、放置しないことが肝要です。定型的な通知だけでなく、電話や対面でのフォローアップも行うことで、誤解や手続きの不備といった未払い原因を早期に把握できます。
加えて、職員向けに医療費請求や未収管理に関する研修を実施し、制度理解と対応力の向上を図ることも効果的です。これらの対策を総合的に実施することで、未払いのリスクを最小限に抑え、医療機関の経営とサービスの安定につなげることができます。
医療費の回収を弁護士に依頼すべき理由
医療費の回収を弁護士に依頼する理由は、法的知識と交渉力を活用し、円滑かつ適正に債権回収を行うためです。
医療機関が未払いの医療費を自力で回収しようとする場合、患者との連絡がつかない、支払いに応じない、あるいは医療内容に対する不満を理由に拒否されるなど、対応が複雑化することが少なくありません。
また、請求の仕方によっては医療機関の信用や評判に悪影響を及ぼす可能性もあります。
弁護士に依頼すれば、内容証明郵便による正式な請求、支払督促、訴訟の提起といった法的措置を的確に進めることができ、患者側に「法的責任が問われている」という強いメッセージを伝えることができます。これにより、任意の支払いを促す効果も期待できます。
さらに、弁護士は患者の支払い能力や背景を把握したうえで、分割払いの交渉や和解の提案など、実情に応じた柔軟な対応も行うことができます。また、訴訟になった場合でも、証拠の整理や主張の構成を専門的に行うことで、医療機関側に有利な展開を図ることができます。
医療機関が本来の業務に専念するためにも、弁護士の法的支援を活用することは、効率的かつリスクを最小限に抑えた医療費回収の有力な手段といえます。
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Last Updated on 10月 26, 2025 by kigyo-kumatalaw
この記事の執筆者:熊田佳弘 私たちを取り巻く環境は日々変化を続けており、様々な法的リスクがあります。トラブルの主な原因となる人と人の関係は多種多様で、どれ一つ同じものはなく、同じ解決はできません。当事務所では、まず、依頼者の皆様を温かくお迎えして、客観的事実や心情をお聞きし、紛争の本質を理解するのが最適な解決につながると考えています。どんなに困難な事件でも必ず解決して明るい未来を築くことができると確信し、依頼者の皆様に最大の利益を獲得して頂くことを目標としています。企業がかかえる問題から、個人に関する問題まで、広く対応しています。早い段階で弁護士に相談することはとても重要なことだと考えています。お気軽にご相談にお越しください。 |


