
なぜ取締役(役員)解任は難しいのか
取締役解任とは、取締役の意思とは無関係に株主総会の決議により任期の途中で取締役を辞めさせることをいいます。議決権を行使できる株主の過半数が賛成すれば、いつでも株主総会で解任が可能です(会社法339条1項)。
一見「いつでも解任できる」ように見えますが、実際には次のような制約が伴います。
1 法律上の制約(会社法上の仕組み)
(1) 正当な理由がない解任の場合の「損害賠償請求」
取締役には任期が定められているため、任期途中で正当な理由なく解任した場合、会社はその取締役に対して損害賠償責任を負う(会社法339条2項)ことになります。
たとえば、任期2年の取締役を1年で解任した場合、残り1年分の報酬に相当する額を「損害」として請求される可能性があります。
つまり、形式上は解任できても、金銭的負担が伴います。
(2) 「正当な理由」の判断が厳格
「正当な理由」とは、一般に次のような事情を指します。
① 職務上の義務違反や不正行為
② 業務遂行能力の欠如
③ 経営判断上の重大な過失
④ 取締役会運営に著しい支障が生じている場合 など
単に「経営方針が合わない」「性格が合わない」といった理由では正当な理由とされず、裁判で会社が敗訴する可能性があります。
したがって、法的リスクを踏まえた慎重な判断が必要になります。
2 実務上の困難(人的・経営的要因)
(1) 社内の権力構造・人間関係
役員はしばしば創業メンバーや主要株主と密接な関係にあります。
そのため、役員の解任が社内対立や分裂を引き起こす危険があります。
特にオーナー企業や同族会社では、親族間の対立にも発展しやすいといえます。
(2) 株主構成の問題
役員を解任するには株主総会での過半数の賛成が必要です。
そのため、解任対象者が大株主であったり、親族・関係者が株式を保有している場合、多数決で解任決議を可決できないことがあります。
(3) 情報・ノウハウの流出リスク
解任された役員が独立・離反して、取引先や従業員を引き抜くなどの経営上のリスクも現実的に存在します。
このため、実務では「解任」よりも「円満退任」や「任期満了・辞任」の形で整理するケースが多く見られます。
3 実務上の対応策
① 解任前に「正当な理由」を整理し、証拠(議事録・メール・報告書等)を確保する
② 株主構成を整理し、議決権確保の見通しを立てておく
③ 解任ではなく「退任勧奨」や「合意による辞任」を選択する
④ 退職金・顧問就任などを組み合わせたソフトランディングを検討する
4 まとめ
① 会社法上は「いつでも解任できる」とされながらも、
② 実際には「損害賠償リスク」「株主構成」「人間関係」「経営混乱」などにより、現実的には非常に難しい。
③ したがって、法的手続と経営的配慮の両立を図る戦略的対応が求められます。

問題役員を放置するリスクとは?
1 経営上のリスク
(1) 経営判断・意思決定の遅延・混乱
問題役員が取締役会などで不当に反対・妨害を続けると、重要な意思決定が遅れる、または停滞するリスクがあります。
たとえば、投資判断・人事異動・金融機関との交渉などに支障が生じ、会社の機動性が失われます。
特に同族会社では「親族間の意見対立」が長期化し、経営判断よりも感情対立が前面化する傾向があります。
(2) 取引先・金融機関からの信用低下
問題役員の存在が外部に伝わると、「経営陣の統制がとれていない企業」とみなされ、融資や取引条件に悪影響を及ぼすことがあります。
取引先が契約を見直す、金融機関が融資を控えるなど、信用面での損失は甚大です。
(3) 内部統制・ガバナンスの形骸化
問題役員が自己保身や私利私欲を優先する場合、内部統制が崩れ、会社法上の「善管注意義務」違反が放置されることになります。
これにより他の役員にも監督責任(会社法362条2項)が生じ、経営陣全体が責任追及の対象となり得ます。
2 法的リスク
(1) 取締役の善管注意義務・忠実義務違反
問題役員が適切に業務を遂行しない、または不正行為を放置した場合、他の取締役にも監視義務違反の責任が及びます。
→ 結果として、他の取締役・監査役まで連帯して損害賠償責任を負う可能性があります。
(例) ① 代表取締役の不正経理を黙認した取締役
② ハラスメントを知りながら是正措置をとらなかった取締役
これらは「不作為による責任追及(会社法423条)」の典型例です。
(2) 株主代表訴訟のリスク
問題役員の不正行為や放任を理由に、
株主が「株主代表訴訟(会社法847条以下)」を提起することがあります。
この場合、他の取締役も「監督を怠った」として個人責任を問われるリスクがあります。
特に近年は、少数株主や元従業員株主が訴訟を提起する例が増えています。
(3)会社役員賠償責任保険(D&O保険)の適用外リスク
問題役員の行為が「故意または重大な過失」によるものである場合、会社役員賠償責任保険(D&O保険)の補償対象外となることがあります。
つまり、会社にも保険金が支払われず、自己負担が発生するリスクがあります。
3 労務・コンプライアンス上のリスク
(1) ハラスメント・パワハラ・カスハラ問題
役員は労働者ではないものの、役員によるハラスメントは会社の使用者責任(民法715条)や安全配慮義務違反として会社の責任を問われることがあります。
近年は、取締役によるハラスメントを放置したこと自体がコンプライアンス体制の不備として報道・行政指導対象になるケースもあります。
(2) 内部告発・情報漏えい
問題役員が内部情報を外部に持ち出したり、不正を通報・暴露することで、社会的信用を失うリスクがあります。
特に医療法人・社会福祉法人などでは行政処分に直結します。
4 組織運営上のリスク
(1) 従業員の士気低下
問題役員が権力を乱用したり、不当な指示を出すと、次のようなリスクがあります。
① 従業員が萎縮し、モチベーションや定着率が低下します。
② 結果的に人材流出や労使トラブルを招きます。
(2) 後継者育成・事業承継への悪影響
後継候補が問題役員の言動に嫌気をさして退職・辞任するなど、承継計画そのものが崩壊するリスクもあります。
特に医療法人や同族企業では致命的です。
役員を解任するための進め方
問題役員を解任するには、法的手続きの適正さと経営・人間関係への配慮の両面が必要です。
1 事前準備段階(証拠・根拠の確保)
(1) 問題行動の具体的記録を残します
まず、解任の「正当な理由」を客観的に立証できるように、次のような証拠を整理・確保します。
① 会議での不正発言・反対・妨害行為の議事録
② 勤務怠慢・職務放棄・命令違反の記録
③ 業務報告書・メール・録音等
④ 他の役員・従業員の証言メモ
解任後、「不当解任による損害賠償請求」を防ぐために、「正当な理由」を客観的に示せる形で残すことが重要です。
(2) 「正当な理由」を整理します。
会社法339条2項では、正当な理由がない解任には損害賠償義務が生じます。
裁判例上の「正当な理由」とは、例えば以下のような場合です。
① 不正行為・背任行為
② 著しい職務懈怠(報告義務違反、出勤しない等)
③ 経営判断能力の欠如や重大な経営ミス
④ 職場秩序を乱す行為やハラスメント
2 社内手続段階(取締役会・株主総会)
(1) 取締役会での対応(監督・注意・辞任勧奨)
問題役員が代表取締役でない場合、まずは取締役会で次のような措置を検討します。
① 注意・勧告決議
② 業務執行の制限または停止(会社法363条)
③ 辞任勧奨(任意の退任を促す)
これらを議事録に明記し、後に解任決議の「前段階措置」として利用します。
(2) 株主総会での解任決議
取締役の解任は最終的に株主総会決議(普通決議)で行います(会社法339条1項)。
手続きの流れは次のとおりです。
① 株主総会を開催するための取締役会決議
② 株主への招集通知(原則として2週間前通知)
③ 総会当日、議案として「○○取締役の解任」を上程
④ 出席株主の議決権の過半数による賛成で可決
※問題役員が大株主の場合は、議決権の確保が最重要ポイントとなります。
(3) 議事録作成と通知
総会で可決された場合、次の措置を速やかに取ります。
① 株主総会議事録を作成・保存
② 解任通知書(書面で本人に交付)
③ 登記申請(2週間以内に変更登記)
3 解任後のリスク対策
(1) 損害賠償請求への備え
正当な理由があっても、役員から「不当解任」と主張されるケースがあります。
したがって、次の対応を取ることが望ましいです。
① 解任理由を明確に記載した議事録の整備
② 退任合意書や和解契約書で紛争予防
③ 役員報酬未払分の精算
(2) 外部対応
解任後は、対外的信用を維持するために迅速に通知・登録します。
① 商業登記簿の変更
② 取引先・金融機関への代表者変更通知
③ 社内周知(社告・イントラネット告知など)
4 円満解決のための実務的選択肢
解任を強行すると感情的対立や訴訟化のリスクがあるため、以下のような「ソフトランディング」を検討するのが実務上有効です。
① 辞任勧奨をして自発的な退任を促す
対立を避けやすいといえます
② 退職金・顧問就任を条件とする合意
金銭的補償で合意形成し、訴訟リスク低下させます。
③ 定款・取締役任期の短縮
自然な任期満了退任に誘導手続が簡便となります。
④ 株式買い取り(同族会社の場合)
持株を整理して経営権安定化させます
解任後のトラブルを防ぐための4つの注意点
(1) 解任した役員からの損害賠償請求
a 事前の証拠・理由の整理
① 解任理由となる事実(業務怠慢・経営対立・信用失墜など)
② 取締役会・監査役の報告書、顧客・社員の苦情記録、業績資料など
を整理します。
b 手続の適正化
① 株主総会で正式に解任決議を行います。
② 議案書・招集通知に「解任理由の概要」を明記します。
③ 議事録には解任理由をできる限り具体的に記録しておきます。
c 本人への説明機会をもうけます。
株主総会や取締役会で、対象役員に弁明の機会を与えます。
(これがないと「一方的・不当な解任」と判断されることがあります。)
d 名誉・信用を不当に傷つけない
解任理由を社内外で広く触れ回らない。
公表が必要な場合も、「経営上の刷新のため」など中立的な表現にとどめる。
→ 名誉毀損や信用毀損での追加請求を防止します。
e 退任処理・報酬精算
解任日までの報酬を適正に支払い、未払を残さない。
退職金規程があれば、それに従います。
(不支給にする場合は根拠を明確にします)
f 和解・合意での解任処理(トラブル回避策)
可能であれば、「任期途中退任(辞任)」扱いで合意退任書を締結する。
その際、「会社および本人は相互に債権債務がない」旨を記載します。
→ 将来の損害賠償請求を防ぐ有効な手段となります。
(2) 役員が自社株を保有している場合
会社役員が自社株(特に非公開会社の株式)を保有している場合、解任が経営支配権や株主構成に直結します。
そのため、解任手続は通常の役員解任よりもはるかに慎重さが必要です。
a 株主=経営者関係が崩れると「会社支配権争い」に発展します。
非公開会社では、役員がしばしば株主でもあり、「経営に参画しつつ持株を通じて会社に影響力を行使」しています。
したがって、役員を解任する際には、次のようなリスクが発生します:
① 法律的リスク 不当解任として損害賠償請求(会社法339条2項)
② 株主リスク 株主権行使(株主総会決議の取消・差止め請求など)
③ 経営リスク 株主対立・少数株主紛争・取締役会の機能不全
④ 実務リスク 解任後も株主として情報請求・訴訟提起・信用失墜行為を行う
b 解任時の「特別な注意点」
株主としての権利をどう扱うかを明確にする。
株主としての影響力をどう制御するかを事前に検討します。
株式の買取(exit策)の検討
もっとも現実的な対策は、解任と同時に株式を買い取ることです。
① 当事者間で売買契約
会社または他株主が買取 評価額を客観的に算定(トラブル回避)
② 定款の譲渡制限条項による買取
会社が買取に応じる 定款手続を遵守(取締役会決議など)
③ 株主間契約で事前に定める
「退任時は株式を譲渡する」条項 発動時の条件・評価方法を明記
④ 株式買取請求制度(会社法174条)
重大な対立時に株主が請求可能 逆に相手に使われる場合もある
買取価格は、直近の決算内容を基に客観的に算定しておくことが重要です。
(後から「安すぎる」として無効主張される例が多くあります)
c 解任理由の正当性をより厳格に整理する
株主=経営参加者である以上、単なる業務不適格だけではなく、
「経営上の信頼関係の破壊」を理由とする必要があります。
(例)
経営方針の重大な対立により、経営運営が停滞している
会社内部統制を乱す行為が繰り返されている
他株主・従業員との信頼関係が完全に失われている
※単なる意見の違いや社長との感情対立では「正当理由」とは認めがたいです。
d 手続の透明性と公正性を確保
株主であるため、後に決議取消訴訟を起こされる可能性が高いといえます。
(特に招集手続・議事運営に不備があると決議が無効になります)
手続上のポイントは次のとおりです。
① 招集通知に「解任理由」を明確に記載
② 議案書・議事録に経緯と理由を記録
③ 弁明の機会を与える(拒否してもその記録を残す)
④ 議事録を厳密に保存(証拠として極めて重要)
e 名誉・信用を守る説明姿勢
株主でもあるため、解任理由を社外・社内に過度に広めると、「株主としての名誉毀損」や「信用毀損」で追加訴訟を受けるリスクがあります。
→ 公表時は「経営上の方針転換のための役員交代」といった中立表現にとどめます。
(3) 使用人(従業員)を兼務している場合
a 同一人物に「会社法上の役員としての地位」と「労働法上の従業員としての地位」が併存しています。
① 取締役としての地位 → 会社法が規律(委任契約関係)
② 使用人としての地位 → 労働法が規律(雇用契約関係)
そのため、通常の役員解任よりも慎重な対応が求められます。
処理を誤ると 「不当解雇」や「不当解任」 として二重に紛争化するおそれがあります。
b 役員解任と同時に「従業員としての職務」も終了させたい場合、労働契約の解雇手続が必要となります。
解雇の要件(労契法16条)
「客観的に合理的な理由があり、かつ社会通念上相当であること。」
(4) 退職金の支払い
定款に定めがない場合、退職慰労金が支給されるためには、株主総会の決議が必要です(会社法361条1項)。
ただし、次の場合は、退職慰労金は発生しないものの、退職慰労金を支給しないことについて会社が損害賠償責任を負うリスクがあるため注意が必要です。
① 取締役について退職慰労金規定等の内規が設けられているにもかかわらず支給しない場合
② 取締役について退職慰労金を支給する慣行があるにもかかわらず支給しない場合
③ 取締役就任時に退職慰労金の支給を約束していたにもかかわらず支給しない場合
弁護士にご相談ください。
取締役の解任について「正当な理由」が認められない場合には、高額な損害賠償請求が認められるおそれがあります。
「正当な理由」の有無の判断には、事実関係の調査と裁判例の検討が必要となります。
取締役の解任を行う場合、解任後の損害賠償請求のリスクを避けるため、事前に「正当な理由」を基礎づける証拠を確保しておくことが不可欠です。
当事務所では、会社の事情をお聞きした上で、最善の方法を提案します。
取締役解任の前に弁護士にご相談ください。

▼関連する記事はこちら▼

Last Updated on 11月 7, 2025 by kigyo-kumatalaw
この記事の執筆者:熊田佳弘 私たちを取り巻く環境は日々変化を続けており、様々な法的リスクがあります。トラブルの主な原因となる人と人の関係は多種多様で、どれ一つ同じものはなく、同じ解決はできません。当事務所では、まず、依頼者の皆様を温かくお迎えして、客観的事実や心情をお聞きし、紛争の本質を理解するのが最適な解決につながると考えています。どんなに困難な事件でも必ず解決して明るい未来を築くことができると確信し、依頼者の皆様に最大の利益を獲得して頂くことを目標としています。企業がかかえる問題から、個人に関する問題まで、広く対応しています。早い段階で弁護士に相談することはとても重要なことだと考えています。お気軽にご相談にお越しください。 |


