社員が横領をしていた 経営者が取るべき行動を弁護士が解説

社員が横領をしていた 経営者が取るべき行動を弁護士が解説

はじめに

従業員について横領の疑いがあると相談された経営者は、どのように対応すればいいのでしょうか。

そもそも横領とはどのような場合をいうのか、どのような責任を追及できるのか、従業員をどのようにして処分するべきか、など検討すべき点は多くあります。

横領は、重大な違法行為であるばかりか、会社の不祥事として社会的に大きな事に発展してしまうケースもあります。

たとえば金融機関や宅地建物取引業者などが横領をした場合、業務停止の処分を受ける可能性もあるため、慎重な対応が必要となります。

横領とはどのようなものか

(1)横領の種類と定義

横領とは、自分が占有する他人の物を、不法に自分のものにすることです。

刑法に規定されている横領の種類には単純横領罪、業務上横領罪、遺失物等横領罪の3つがあります。

①単純横領罪(刑法第252条)

委託を受けて占有する他人の物を横領した場合に成立する犯罪です。

友人から借りた本やDVDを無断で売却するなどです。

単純横領罪は5年以下の懲役が科せられます。

②業務上横領罪(刑法第253条)

業務として委託を受けて占有する他人の物を横領した場合に成立する犯罪です。

業務上横領罪は10年以下の懲役が科せられます。

業務上横領罪における「業務」とは、委託を受けて物を管理することを内容とする事務を意味します。

つまり、企業の経理業務や売上金の管理などはまさに業務上横領罪の業務に該当する行為といえます。

③遺失物等横領罪(刑法第254条)

遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した場合に成立する犯罪です。

路上に落ちている財布を自分のものにする、放置自転車に乗って帰ってしまう、などです。遺失物等横領罪は1年以下の懲役または10万円以下の罰金もしくは科料が科せられます。

科料とは1万円未満の財産刑のことです。

(2)会社における横領とは、主に業務上横領罪です

業務上横領罪における「業務」とは、「委託を受けて他人の物を占有することを内容とする事務を反復継続して行うこと」をいいます。

企業における業務上横領として、具体例は、以下の場合があります。

  1. 経理業務で金銭の管理を任されている従業員が、預かった金銭を着服する
  2. 商品代金の集金業務を担当する従業員が、集金した金銭を横領する
  3. 売上金の管理などを担当する店長などが、企業には売り上げを過少申告して差額を着服する

他方、金銭の管理を任されていない従業員が金庫内のお金を持ち出すことや、店舗のアルバイト従業員がレジのお金を取るなどの行為は、業務上横領ではなく、窃盗にあたります。

横領した社員に対してどのような責任を追及できるか

企業から社員への懲戒処分

まず、就業規則に基づいて懲戒処分を行うことが考えられます。

懲戒処分の種類には、戒告、減給、出勤停止、降格、解雇などがありますが、業務上横領の場合は、懲戒解雇や懲戒減給が一般的です。

ただし、懲戒処分は就業規則に基づかなければならず、企業が懲戒処分を行うには就業規則に規定があることが必要です(労働基準法89条9号)。

① 懲戒解雇とは

就業規則に基づく懲戒処分として従業員を解雇することです。

懲戒解雇は、能力不足や病気などを理由とする普通解雇とは異なり、企業秩序違反を理由として行う解雇であり、業務上横領などの悪質な行為への処分として解雇されます。

懲戒解雇は、従業員にとって、仕事を失い生活を脅かすばかりではなく、再就職にも重大な影響を与えます。

そのため、従業員を懲戒解雇するためには、慎重な判断が必要になります。

懲戒解雇の特徴

  1. 30日前の解雇予告や解雇予告手当の支払いが不要な場合がある
  2. 退職金が減額や不支給になる場合がある
  3. 失業保険の給付日数が自己都合退職と同じ扱いになる

などの特徴があります。

②懲戒減給とは

就業規則に基づく懲戒処分として、従業員の給与を減少させることです。

懲戒解雇に比べれば軽い処分といえますが、減給も労働者の生活に大きな影響を及ぼすおそれがあることから、労働基準法第91条において、懲戒減給できる限度を規定しています。

懲戒減給の限度

  1. 1回の減給額が平均賃金の1日分の半額を超えないこと
  2. 減給の総額が賃金の総額の10分の1を超えないこと

が労働基準法第91条で規定されています。

民事上の損害賠償請求

民事上の責任追及としてできることは、従業員への損害賠償請求です。

たとえば従業員が現金1,000万円を故意に横領した場合は、損害賠償として1,000万円を請求することが考えられます。

しかし、従業員が横領した金額を一括で全額支払える場合はまれです。

業務上横領は、他の不祥事と比較して被害額が高額になりやすく、従業員が発覚時に横領した金銭を使い切ってしまっていることがあります。

そのような場合は回収が難しくなります。

従業員に支払能力がない場合、以下の点が問題となります。

①従業員の給料と相殺できるか

横領された損害を回収するため、従業員の給料と相殺して損害額を回収することが考えられます。

しかし、労働基準法24条1項には、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と規定されています。そのため、原則として、給料と相殺することはできません。

給料と相殺するには、従業員が「自由な意思に基づき同意」した場合に限られ、この同意の存在について、裁判所は厳格に判断しています(最高裁判所平成2年11月26日判決)。

給料は、従業員の生活の基盤となるものであり、確実に全額を受領させて従業員の経済生活を脅かすことのないようにすべきであるから、会社側が労働者の同意なく相殺することを認めるべきでないという理由です。

②退職金を減額できるか

退職金を減額して、損害を回収することが考えられます。

しかし、退職金には「賃金の後払い」の性質と「功労に対する報償」の性質をもっています。

「賃金の後払い」の性質から、退職金の全部または一部を不支給とする扱いを就業規則の退職金規程に不支給事由を明記しておくことが必要です。

また、「功労に対する報償」の性質から、退職金の不支給規定を適用するには合理的理由が必要であり、従業員のそれまでの「勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があること」が必要とされています(東京高等裁判所平成15年12月11日判決)。

裁判例では、退職金全額の不支給はなかなか認められず、6~7割の減額が多いようです。

③横領の事実を書面として残す必要があります

後日、横領した事実自体を否定する従業員がいます。

後々トラブルにならないように、従業員の署名押印のある書面で、横領した事実を認めさせ、支払を約束する内容の誓約書などの書面を作成する必要があります。

その書面の記載内容としては、以下の3点が重要です。

  1. 横領の事実を認めること
  2. 横領した金額を明示すること
  3. 横領した金額を企業に返還すること、支払方法

④支払い誓約書を公正証書にしておくことも有効です

支払誓約書を作成したとしても、従業員が退職した場合、後で支払いが滞る危険性があります。

支払いが滞った場合に備えて、支払い誓約書を強制執行が可能な公正証書にしておくのも1つの方法です。

これは、強制執行受諾文言といって、裁判を起こして勝訴判決を取らなくても、強制執行ができるものです。

従業員からの支払を確保するための書面は、弁護士に依頼して適切な記載にすることで、最大限の回収が可能になります。

刑事上の責任追及

企業の従業員が横領した場合、被害額の規模や横領発覚後の従業員の対応によっては、刑事告訴により、刑事責任を追及する方法があります。

企業における横領の典型例は業務上横領罪ですが、行為態様によっては詐欺罪、窃盗罪、私文書偽造等罪、背任罪などにも該当する場合もあります。

告訴とは、被害者が警察や検察に対して犯罪の事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示のことをいいます。

告訴の方法としては、企業の所在地を管轄する警察署に対して告訴状を持参または郵送して提出する方法が一般的です。

告訴状が正式に受理されれば、警察が捜査を開始することになります。受理してもらうためには、横領の事実を証明する証拠を添付することが必要となります。

ただし、逮捕・起訴されることで横領事件として広く世の中に知られる可能性が高まるため、企業としてのイメージダウンになる可能性があるので慎重な対応が必要です。

横領をした従業員を処分する際の注意点

横領した従業員を懲戒処分する上で注意すべき点は次のとおりです

懲戒処分の種類には懲戒解雇や懲戒減給のほかに、戒告、降格、出勤停止などがあります。

懲戒処分は就業規則に基づくものなので、何らかの懲戒処分を下す場合は、就業規則において、会社が一定の場合に労働者に懲戒処分をすることができる旨の規定を設け、処分の種類についても規定しておくことが必要です(労働基準法89条9号)。

たとえば、懲戒処分として降格人事を行いたい場合は、就業規則に一定の場合に会社が懲戒できる旨の規定を置いた上、懲戒処分としての降格の規定が必要です。

懲戒処分を検討する場合、まずは就業規則に処分に関する規定があるかを確認しておく必要があります。

横領であっても、要件を満たさなければ懲戒解雇はできない

懲戒解雇は懲戒処分の中でも、もっとも厳しい処分です。

懲戒解雇されると、従業員は仕事を失うだけでなく、転職や再就職が困難になる場合があります。

そのため、従業員から解雇無効の裁判を起こされ、裁判所から要件を満たしていないと判断されれば懲戒解雇が無効になる可能性もあります。

無効であると認められれば、解雇できなくなるだけでなく、解雇期間の給料未払い分を支払う必要も生じることになります。

懲戒解雇の相当性を判断する場合、一般に以下のような要素を考慮することが重要です。

懲戒解雇の相当性を判断する要素

  1. 横領の金額や期間、横領した社員の地位、勤怠状況、横領による企業の影響などから解雇が相当といえるか
  2. 過去に横領があった場合と比較して、不相当に重い処分でないか
  3. 従業員側に懲戒解雇の理由や根拠を説明し、必要に応じて弁明の機会を与えたか

企業において、解雇の相当性を判断するのは困難な場合が少なくありません。

判断に迷う場合は弁護士に相談することをおすすめします。

横領した従業員に支払い能力がなく、損害賠償請求が困難な場合の対処法

横領した従業員に支払い能力がない場合、横領された金額の回収は困難になります。

横領した金銭をギャンブルなどに使い込んで浪費してしまった場合などです。

そのような場合、以下のような対策を取ることが有効です。

①事前に身元保証書を作成しておく

横領された金銭を回収できる可能性を高めたい場合は、事前に身元保証書を作成しておく方法があります。

具体的には、従業員が入社する際に、「会社に対して損害を与えた場合には、身元保証人に対して損害賠償請求できるものとする」という趣旨の契約書を作成しておき、不正の抑制を図るものです。

注意点として、身元保証書は事前に作成しておかなければなりません。

そのため多くの企業が入社の際の必要書類として提出を求めています。

また、身元保証人の責任はあくまで限定的なものである上に、身元保証人も必ずしも十分な資力があるとは限りません。

ただし、身元保証契約は、保証人にとって、従業員が、いつ、どのような責任を負うか予測ができません。

そのため、身元保証は民法上の根保証契約に該当します。

身元保証契約は賠償の範囲(極度額)を定めなければ無効となります(民法第465条の2第2項)。

業種や従業員の業務内容によって適切な金額を定める必要があります。

また、契約期間についても、定めがない場合は3年、定める場合でも5年までと決まっています(民法第465条の3第1項、第2項)。

さらに自動更新もできません。

身元保証人の責任の範囲は、できるだけ制限する方向で判断されることに注意が必要です。

②給料を差し押さえる

次に、横領した従業員が退職して別の企業などで勤務している場合は、横領した金銭をきちんと返済しなくなる可能性があります。

返済が滞った場合は、元従業員が新しい企業で得ている給料を差し押さえる方法もあります。

給料を差し押さえるには債務名義が必要です。

債務名義とは、強制執行によって実現される予定の請求権の存在、範囲、債権者、債務名義を表示した公の文書のことです。

損害賠償請求の訴訟を提起して勝訴判決が確定すると、判決が債務名義になります。

あらかじめ強制執行受諾文言を記載した公正証書を作成しておけば、公正証書が債務名義となります。

債務名義(判決や公正証書)に基づいて給料を差し押さえ、強制執行をして債権を回収します。

③横領された金額の回収トラブルは、弁護士に相談を

身元保証書の場合でも、判決による場合でも、それぞれの手続きをトラブルなく完了させるには専門的な知識が重要なので、弁護士の協力が大変重要となってくるでしょう。

業務上横領が発覚したときの会社の対応

従業員の横領が発覚した場合に、具体的にどのような流れで対応すべきかをご紹介します。

横領の事実関係の調査

従業員の横領が発覚した場合にまず企業がすべきことは、①横領の有無の確認、②被害金額の確認です。

横領したこと自体が明確でなければ、横領を理由に懲戒処分をするのは難しくなります。

また、横領された金額がわからなければ、損害賠償請求の金額を確定できません。

事実関係の調査に必要な作業は、事案により異なりますが、一般的には領収書や帳簿の裏取り、レジの操作記録の保全、取引先への聞き取り、防犯カメラのチェック、従業員が使用しているパソコン内のメールや情報の確認などを行います。

他方で、疑いのある者や、周辺の同僚からの聞き取りは、ある程度事実関係が把握できてから行います。

そうでないと、証拠を隠滅される恐れがあります。

特定の従業員の疑いが濃厚になったら、自宅待機を命じたり、貸与している携帯電話・パソコンを回収することも検討します。

横領した本人への事情確認

事実関係の調査がある程度済んだら、次は横領をした疑いのある従業員本人の事情聴取の段階に入ります。

①事情聴取のポイント

事情聴取をする際に押さえておくべきポイントは、以下の2点です。

  1. 従業員の弁明を全て記録すること
  2. 質問する事項をあらかじめ明確にしておくこと

事情聴取では従業員の発言は全て記録しておくことが重要です。

記録に残しておくことで、主張の要点の整理や発言の矛盾点の発見などに役立ちます。

事情聴取をする際は、質問する役と記録する役の最低2名が必要です。

さらに、聴取内容を録音しておく必要があります。

事情聴取で質問すべき事項をあらかじめ準備しておくと、話の脱線や混乱などを防ぐのに役立つほか、重要なことを質問し忘れるなどのトラブル防止にもつながります。

②一般的に事情聴取で確認すべきポイント

質問のポイントは具体的なケースによって異なりますが、一般的には以下の点を確認します。

  1. 横領をしたことを認めるか
  2. 横領を認める場合、横領した時期、回数、金額など
  3. 横領した金銭をなにに使ったか
  4. 謝罪や反省の意思はあるか
  5. 弁償する気はあるか、資力や返済方法
  6. 横領に使った書類などが現存しているか
  7. 横領に協力した人物はいるか
  8. 企業以外に横領の被害を受けた人物や法人などがいるか

従業員の横領が発覚したら、早めに弁護士に相談を

証拠がすぐに見つかったり、本人が罪を認めたりしている場合にはあまり問題はありませんが、下記のような状況にある場合は、基本的に弁護士に相談する必要性が高いケースです。

  • 手口が巧妙で証拠がなかなか見つからない
  • 横領に該当するかどうか判断できない
  • 警察に立件は難しいだろうといわれた
  • どの段階で本人に事情を確認すべきかわからない
  • 証拠隠滅をした上で突然退職する

など、調査において企業が不利になる可能性もあるので、早めに弁護士に相談するのがおすすめです。

 業務上横領を未然に防ぐには

業務上横領が発生する背景には、「経理担当の従業員を信頼して会社のお金の管理を任せきりにしてしまった」という事情が多くあるようです。

そこで、業務上横領を未然に防ぐには、金銭の管理、経理の担当者はなるべく複数名に任せるか、定期的に担当者を変更することが有効です。

実際に、担当者が交替になったことをきっかけに前任者の横領行為が発覚することが多くあります。

人員が少なく、複数人体制や担当者変更ができないのであれば、経営者自身が帳簿や現金、口座を定期的に確認することが大切です。

業務上横領の対応は弁護士にご相談ください

従業員による横領は、企業の資産の減少や信頼の失墜になり、他の従業員の士気へも重大な影響を及ぼします。

しかし、経営者が自ら調査をして、証拠を確保し、横領にあたる行為があったかを判断することは、実は、非常に困難な作業です。警察に相談しても、実際には、なかなか刑事告訴を受け付けてもらえません。

その間に、横領した従業員が証拠隠滅をしたり、退職してしまうことにより、逃げてしまうこともあります。

弁護士にご依頼頂けば、後に裁判になったときに、耐えられるような証拠の収集、事情の聴取などを行うことが可能になり、被害額の回収、刑事告訴の受理につながる可能性が高くなります。

当事務所では、企業側に特化した顧問契約をご用意しております。横領に対する適切な対応や再発防止策についての対応も行っております。

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Last Updated on 7月 19, 2024 by kigyo-kumatalaw

この記事の執筆者:熊田佳弘

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