マタハラについて

1マタハラとは

(1)マタニティハラスメント(以下「マタハラ」)とは

女性労働者が、職場において、妊娠・出産・育児に関し

①妊娠・出産したこと

②産前産後休業・育児休業などの制度利用を希望したこと

③これらの制度を利用したこと

などを理由として、同僚や上司等から嫌がらせなどを受け、就業環境を害されることを言います。

(2)それぞれの単語の意味は、以下のとおりです。

マタニティ(maternity):母性・妊娠中の

ハラスメント(harassment):悩ます(悩まされる)・いやがらせ

なお、法令や国の指針等では、マタニティハラスメントという言葉は使用されず、パタニティハラスメント、マタニティハラスメント、ケアハラスメントの3つをまとめて、「職場における妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント」と呼んでいます。

※パタハラとの違い

「マタハラ」と似た用語に「パタハラ」があります。

妊娠・出産・育児の領域で行われるハラスメントについては、当初、女性が妊娠・出産時に受けるものが注目され、「母性」や「妊娠している状態」をあらわす「マタニティ」を使用した「マタニティハラスメント」という造語がこの領域でのハラスメントを説明する用語として一般的に認知されるようになりました。

その後、父親が育児休業制度等を利用することに対する嫌がらせが社会的に注目されたことから、男性の育児に対して行われるハラスメントが「パタニティ(父性)ハラスメント」という造語で説明されるようになり、女性に対するものが「マタハラ」、男性に対するものが「パタハラ」と呼ばれるようになりました。

2マタハラの類型について

(1)制度利用等への嫌がらせ型

妊娠・出産・育児に関する制度等の利用をしようとする労働者に対して、解雇等の不利益な取扱いの示唆、制度利用の妨害、嫌がらせなどを行うことで就業環境を害することを言います。

具体例は以下のとおりです。

①育児休業の取得を相談した女性社員に、「休みをとるなら辞めてもらう」と言う

②産前の検診のため休業を申請した女性社員に勤務時間外に病院に行くように言う

③育児のため短時間勤務している社員に、「業務が楽でいい」と言う

なお、業務分担や安全配慮等の観点から、客観的にみて、業務上の必要性に基づく言動によるものはハラスメントに該当しません。

(2)状態に対する嫌がらせ型

労働者が妊娠・出産する(した)という状態に対して、解雇等の不利益な取扱いを示唆する・嫌がらせとなる言動をとる等により、労働者の就業環境を害することを言います。

具体例は以下のとおりです。

状態に対する嫌がらせ型の具体例

①上司に妊娠を報告したところ「他の人を雇うので早めに辞めてもらうしかない」などと言われる

②妊娠した女性社員に「なぜ忙しい時期に妊娠するんだ」と冗談を言う

③「妊婦はいつ休むか分からないから、責任ある仕事は任せられない」と雑用ばかりさせる

なお、客観的にみて妊婦の体調が悪いときに、上司・同僚が「つわりで体調が悪そうだが、少し休んだ方がよいのではないか」と安全配慮の観点から助言するような場合等、客観的にみて、業務上の必要性に基づく言動によるものは、ハラスメントに該当しません。

ここでいう「状態」とは、以下のとおりです。

①妊娠したこと

②出産したこと

③産後の就業制限の規定により就業できず、又は産後休業をしたこと

④妊娠又は出産に起因する症状により、労務の提供ができないこと若しくはできなかったこと又は労働能率が低下したこと

⑤坑内業務の就業制限若しくは危険有害業務の就業制限の規定により業務に就くことができないこと又はこれらの業務に従事しなかったこと

3事業主が注意すべきことは-マタハラの法律について

(1)事業者による不利益取扱い禁止と事業者の責務

マタハラに関する法律としては、

①妊娠・出産に関するものとして、男女雇用機会均等法

②育児に関するものとして、育児介護休業法

があり、それぞれの法律で、

①事業主による妊娠・出産・育児休業取得等を理由とした不利益取扱いの禁止

②マタハラ防止等のための国・事業者・労働者の責務

③マタハラ防止等のために事業者が講ずべき措置

が定められています。

(2)まず、事業者による不利益取扱い禁止と事業者の責務について説明します。

不利益取扱いの禁止

事業主は、「妊娠、出産、産前産後休業・育児休業の申出・取得等を理由とする不利益取扱いを行うこと」を禁止されています。(男女雇用機会均等法9条、育児・介護休業法10条等)

<男女雇用機会均等法>

(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)

第9条

1~2(略)

3事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和22年法律第49号)第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

4(略)

<育児・介護休業法>

(不利益取扱いの禁止)

第10条

1事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

不利益取扱いとは、妊娠・出産する労働者や育児休業等を申請・利用する労働者に対して、以下のような行為を行うことを指します。

不利益取扱いの例

①解雇

②契約更新の拒否

③雇用形態を、正社員からパートタイム労働者へと強制的に変更

④降格

⑤減給

⑥昇進等において、不利益な評価を行うこと

⑦不利益な配置転換をすること

⑧一方的に自宅待機を命じること

⑨派遣先が該当する労働者による役務の提供を拒むこと

⑩あらかじめ契約回数の上限が明示されている場合にその回数を引き下げること

なお、

①業務上の必要性から不利益取扱いをせざるを得ず、かつ、業務上の必要性がその不利益取扱いにより受ける影響を上回ると認められる特段の事情がある場合

②労働者がその取扱いに同意している場合で、かつ、有利な影響が不利な影響の内容や程度を上回り、事業主から適切に説明がなされる等、一般的な労働者なら同意するような合理的な理由が客観的に存在するとき

には、不利益取扱いを行ったとしても例外的に法律違反にはなりません。

(2)事業者の債務

事業主には、男女雇用機会均等法11条の4、育児・介護休業法25条の2により、以下の責務が課せられています。

①事業主は、マタハラの問題に対して、労働者の関心と理解を深めるよう努めること

②労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修を実施するなど、その他の必要な配慮をすること

③国がマタハラを禁止するために行う広報活動などに協力するように努めること

④事業主は、自らもマタハラに対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めること

なお、労働者も、マタハラに対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる措置に協力するよう努めなければなりません。(男女雇用機会均等法11条の4第4項、育児・介護休業法25条の2第4項)

<男女雇用機会均等法>

(職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関する国、事業主及び労働者の責務)

第11条の4

1(略)

2事業主は、妊娠・出産等関係言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。

3事業主(その者が法人である場合にあつては、その役員)は、自らも、妊娠・出産等関係言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。

4労働者は、妊娠・出産等関係言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる前条第1項の措置に協力するように努めなければならない。

<育児・介護休業法>

(職場における育児休業等に関する言動に起因する問題に関する国、事業主及び労働者の責務)

第25条の2

1(略)

2事業主は、育児休業等関係言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。

3事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、育児休業等関係言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。

4労働者は育児休業等関係言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる前条第1項の措置に協力するように努めなければならない。

4厚労省からのマタハラ対策-「事業主が講ずべき措置」

(1)事業主は、不利益取扱いの禁止と事業者の責務に加え、男女雇用機会均等法11条の3及び育児・介護休業法25条により、職場におけるマタハラを防止する等のために、雇用管理上、措置を講ずる義務を負っています。

<男女雇用機会均等法>

(職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)

第11条の3

1事業主は、職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものに関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2~3(略)

<育児・介護休業法>

(職場における育児休業等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)

第25条

1事業主は、職場において行われるその雇用する労働者に対する育児休業、介護休業その他の子の養育又は家族の介護に関する厚生労働省令で定める制度又は措置の利用に関する言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2(略)

事業者が講ずべき措置の具体的内容については、厚生労働大臣の指針により定められています(「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」、「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置等に関する指針」)。

(2)事業主の講ずべき措置は次のとおりです。

①マタハラを防止するための方針を明確化し、それらを周知・啓発すること

事業主は、マタハラに対する方針を明確化し、周知・啓発を行う義務を負います。具体的には、以下の事項を明確化し、周知・啓発する必要があります。

・マタハラの内容

・妊娠・出産等、育児休業等に関する否定的な言動が職場におけるマタハラの原因や背景となり得ること

・マタハラがあってはならない旨の方針

・労働者は、妊娠・出産・育児に関する制度等の利用ができること

・マタハラを行った者については、厳正に対処する旨の方針・対処の内容

周知・啓発は、メールの送付・ポスターの掲示・研修などにより行います。

②マタハラに関する相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備すること

事業主は、相談窓口を設け、適切にマタハラに対応する必要があります。

事業主の義務とされる事項は、具体的には以下のとおりです。

・相談窓口をあらかじめ設けること

・相談窓口担当者が、内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること

・マタハラが現実に生じている場合だけでなく、その発生のおそれがある場合や、マタハラに該当するか否か微妙な場合であっても広く相談に対応すること

マタハラ・パタハラ・セクハラ・パワハラは、複数の要素が重なったり、同時に生じたりすることが多いことが知られています。

窓口がハラスメントごとに分かれてしまうと相談がしにくくなるため、厚生労働省の指針においては、一元的な相談窓口を設置することが望ましい取組みであるとしています。

③マタハラが発生した後に、迅速かつ適切な対応をとること

マタハラに限らずハラスメントは放置すればするほど、事態が悪化する可能性が高いです。

マタハラが発生したら、以下のとおり対応する必要があります。

・事実関係を迅速かつ正確に確認すること

・事実確認ができた場合には、速やかに被害者に対する配慮の措置を適正に行うこと

・事実確認ができた場合には、行為者に対する措置を適正に行うこと

・再発防止に向けた措置を講ずること

④“マタハラの原因や背景となる要因”を解消するための措置を講じること

マタハラは、業務量が多い場合・人員が不足している場合などに生じやすいことが知られています。「誰かが産休・育休をとること」により「他の社員への負担が大幅に増加する」場合などは、業務の負担の偏りを改善する・人員を補充するなどの対応を行い、マタハラの原因や背景となる要因を解消するような措置をとる必要があります。

厚生労働省の指針では、事業主は以下の措置をとる必要があるとされています。

・業務体制の整備など、事業主や妊娠等した労働者その他の労働者の実情に応じ、必要な措置を講ずること

⑤その他、①~④と併せて措置を講じること

その他の措置として、企業は以下2つの措置も講じる必要があります。

・相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、周知すること

・ハラスメントに関する相談をしたこと・事実関係の確認に協力したこと等を理由として、不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、労働者に周知・啓発すること

5マタハラ加害者への対応

マタハラの加害者への対応は、パワハラの加害者への対応と基本的には同一で、実態調査が大切になります。

例えば、マタハラを被害申告された上司は、実際には、業務上の正当な理由がある言動だったのかもしれません。他方、部下は、その上司に個人的な恨みや嫌いという感情があり、人一倍大げさに反応しただけかもしれません。

このような可能性も考えられるため、マタハラの相談、申告があった場合には、まず実態調査を行い、客観的な事実の把握を行う必要があります。

言い分が食い違う箇所はどこなのかを見極め、食い違った箇所について適切に認定するような証拠はないか(メール、LINEなど、目撃証人はいないか等)という手順が大切です。

6マタハラ被害者からの相談があったときの対応

被害者は、加害者からの報復を恐れていると考えられます。

会社内で加害者と会うこと自体がストレスとなります。

加害者と被害者を引き離すための配置転換を行うことは、被害者の心理的ダメージの回復に有用です。

心理的ダメージが深刻であれば、メンタルケアとして医療機関を紹介するなどの対応もあります。

7マタハラで裁判を提起されたり損害賠償請求をされることもある

事業主がマタハラに当たる行為をした場合や、従業員によるマタハラをやめさせずに放置した場合、被害者から裁判(訴訟)を提起されるおそれがあります。

被害者から裁判を提起される場合の例としては、以下のケースが挙げられます。

マタハラによって引き起こされる裁判の例

①妊娠・出産・育児などを理由に解雇した場合、不当解雇訴訟を提起される可能性がある

→妊娠・出産・育児などを理由とする解雇は、不当解雇として無効です。不当解雇の無効に伴い、従業員としての地位は失われず、職場を離れていた期間中の賃金については、事業主が全額の支払義務を負います。

この場合、被害者は事業主に対して、従業員としての地位確認や、解雇期間中の未払い賃金の支払などを求める訴訟を提起してくる可能性があります。

②精神的損害の賠償を求めて、慰謝料請求訴訟を提起される可能性がある

→事業主が自らマタハラを行った場合、被害者に対して不法行為(民法709条)に基づく損害賠償責任を負います。

また、従業員によるマタハラをやめさせずに放置した場合、事業主は安全配慮義務(労働契約法5条)又は使用者責任(民法715条1項)に基づき、被害者に対する損害賠償責任を負います。

被害者は事業主に対して、マタハラによって被った精神的損害の賠償を求めて、事業主に対して(別に行為者がいる場合には、行為者に対しても)慰謝料請求訴訟を提起してくるかもしれません。

8弁護士によるマタハラトラブルの解決

マタハラに該当するか否かの判断は、判例、法律、厚生労働省指針等の正しい理解と知識が必要です。

企業は、それぞれのマタハラに対して的確に対応していくことが求められていますが、経営に専念しながら対応していくことは容易ではありません。

弁護士は、マタハラ問題について、企業が負うことになるリスクやデメリットに対して法的なリスクを最小化するためのアドバイスが可能です。また、発生してしまったマタハラに対しても問題が大きくならないように解決を図ることが可能になります。

マタハラにお悩みの企業様は、当事務所に是非ご相談ください。

Last Updated on 9月 24, 2024 by kigyo-kumatalaw

この記事の執筆者:熊田佳弘

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