未払い残業代を請求された際の反論方法とは?会社側の弁護士が解説

1未払い残業代請求とは?

(1)未払い残業代とは、会社が法律上支払義務があるにもかかわらず支払をしていない残業代のことをいいます。

(2)ここで、残業代とは何かを確認します。

労働基準法37条は、割増し賃金について規定しています。この割増賃金が、いわゆる従業員に支払うべき残業代です。

労働基準法32条は、労働者の労働時間を1日に8時間以内、1週間では原則として40時間を超えてはならないと定めています(常時10人未満の労働者を使用する商業・サービス業といった特例事業では、週44時間という例外があります)。

これは、法定労働時間と呼ばれ、この法定労働時間を超える労働のことを法定時間外労働(法定外残業)と呼んでいます。

また、法定休日については労働基準法35条1項で規定されており、法定休日として、「使用者は、労働者に対して、毎週少なくとも1回の休日を与えなければならない」とされ、会社には従業員に毎週少なくとも1回の休日を与えることが義務付けられています。

ただし、業務の都合上、週1回の休日を与えられない場合には、労働基準法35条2項で「4週間を通じ4日以上」の休日を与えることでも足りるとされています。法定休日労働とは、この週1日、または4週4日の休日に働くことを指します。

会社側は、この法定時間外労働・法定休日労働に対して従業員に残業代を支払う義務があります。

(3)他方、就業規則や雇用契約などで会社が定めた労働時間を超えるが、労働基準法で定められた所定労働時間を超えない残業は、法内残業(法定内時間外労働)という扱いとなり、この法内残業については、労働基準法上、特に割増賃金の支払義務はありません。

2未払い残業代が発生する原因と企業側のリスク

(1)未払い残業代が発生する原因としては、次のようなものがあります。

ア労働時間の管理ができていない:企業が労働時間を適切に記録・管理していない場合、実際の残業時間が正確に把握できません。

イ就業規則・労働契約が明確でない:労働契約書に残業に関する具体的な取り決めがないと、未払いが生じることがあります。

ウ上司の指示による残業:現場の上司からの指示で残業が発生することがあり、正当な残業として認識されない場合があります。

エサービス残業:従業員が自己判断で残業を行うが、会社がその残業を「サービス」として扱い、賃金が支払われないケース。退職後などに請求されることがあります。

オ法律の理解不足:企業側が労働基準法や関連法令を十分に理解しておらず、適切に残業代を支払わないことがあります。

カ労働者の声が上がりにくい環境:未払いがあっても、労働者が声を上げにくい職場環境があると未払い残業代が拡大していく可能性があります。

(2)未払い残業代が発生した場合、企業には以下のようなリスクがあります。

ア法的リスク:労働基準法に違反することで、行政からの指導や是正勧告、場合によっては罰金が科される可能性があります。

イ訴訟リスク:従業員が未払い残業代を請求するために訴訟を起こすことがあり、訴訟費用や和解金が発生するリスクがあります。

ウ評判リスク:企業に未払い残業代の問題があることが公に知られることにより、企業の評判が損なわれ、信頼を失う恐れがあります。

エ従業員の士気低下:未払いが続くと、従業員の士気や忠誠心が低下し、離職率が上昇する可能性があります。

オ生産性の低下:士気の低下や労働環境の悪化が生産性に影響を及ぼし、業績の悪化につながることがあります。

カ改善コスト:未払い残業代の問題を解決するための労働環境の見直しや制度改正にかかるコストが発生します。

3請求を受けた際の企業内での対応フロー

従業員からの未払い残業代請求に対し、企業側での対応について検討します。

(1)消滅時効は成立していないか

未払い残業代請求の消滅時効期間は3年とされており、訴訟では過去3年分の請求がなされています。

令和2年3月31日以前の未払い残業代については2年とされていましたが、動労基準法が改正されて5年と変更されました(労働基準法115条)。しかし、急に5年とすることについて、企業側から反発があり、経過措置として、当分の間、時効期間は3年とするとされています(労働基準法附則143条3項)。

この点については、改正法施行後5年経過した段階で見直しが予定されており、令和7年以降、時効期間が延長される可能性があります。

今後、未払い残業代のを請求された場合、企業側のリスクが上がっているといえます。

(2)従業員・元従業員が主張している労働時間に誤りはないか?

タイムカードや出退勤管理システム、オフィスの入退館記録などに記録がある勤務時間の全てが労働時間になるわけではありません。

休憩時間はもちろん、頻繁なタバコ休憩、所在不明、早退など、実際に労働をしていない時間は、実労働時間から除外されます。

(3)会社から残業を禁止していないか?

会社が従業員に対して残業を禁止する命令をしているにもかかわらず、命令に反して残業をしている場合には、従業員からの未払い残業代請求が認められないケースがあります。

この点、会社が従業員に対して、残業の禁止を義務づけているものの、実態として残業が発生し、残業が常態化している場合や、会社として残業を禁止していること、また、残業をするには会社の許可が必要であることが十分に従業員に周知されていない場合、会社側が従業員の残業を黙認していると認められ、未払い残業代が認められる可能性があります。

従業員からの残業代請求に対して反論できるケースとしては、以下のようなものがあります。

ア残業禁止について書面やメールなどで明確に指示していた。

イ残業があった場合には、その都度残業をしないように注意していた。

ウ定時以降には社内を消灯するなど、残業できない措置を執っていた。

(4)残業代が発生しない管理監督者にあたらないか?

残業代を請求している従業員が管理監督者にあたれば、残業代が発生していない可能性があります。

労働基準法41条は「管理若しくは管理の地位にある者」(管理監督者といわれます。)について、割増賃金の適用対象としないと定めています。管理監督者には残業代は発生しません。

「監督若しくは管理の地位にある者」とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体の立場にある者であり、通常の労働者と同様の労働時間規制になじまない。労働時間規制を外しても保護に欠けない地位にある者をいいます。

裁判実務では、以下の3点に留意し、個別の事案ごとに具体的事実を総合的に考慮して判断していると言われています。

①職務内容、権限および責任の重要性

労務管理を含め、企業の経営に関わる重要事項につき、どのような関与をし、権限を有しているか。

②勤務態様労働時間の裁量・労働時間管理の有無、程度

労働時間について自由裁量はあるか

職務内容、権限および責任に照らし、勤務態様が労働時間等に対する規制になじまないか。

実際の勤務において労働時間管理をどのように受けているか。

③賃金等の待遇

給与(基本給、役職手当)または賃金全体において、職務内容、権限および責任に見合った待遇がされているか

(5)既に固定残業代を支払っていないか?

固定残業代とは、従業員に一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働があった場合、それに対して会社側が定額で支払う割増し賃金のことです。

固定残業代と認められるためには、次の要件を満たす必要があります。

ア通常労働時間に対する賃金と残業時間に対する賃金を明確に区別できるように周知させる。

イ固定残業代は残業代の対価として支払、労働基準法の割増賃金を下回らない。

ウ固定残業代で支払った分を超える残業をした場合、超過分は支払う。

(6)非雇用契約ではないか?

残業代を請求している従業員との関係が雇用契約ではなく、請負契約である場合は、原則として、会社側は未払い残業代を支払う義務はありません。

請負契約は、請負人が仕事の完成を約し、注文者がその仕事の結果に対し、報酬を払うことを約束するものです。

請負契約は、仕事が完成しなければ報酬は支払われないという契約です。

ただし、名目上は請負契約となっていても、実質的に、労働基準法上の労働者とみなされた場合は、未払い残業代請求が認められる場合があります。

4従業員との交渉と和解のポイント

(1)従業員・元従業員からの未払い残業代請求は無視しない。

残業代請求を無視した場合、労働基準監督署への通報や裁判手続などの手段に発展する可能性があり、問題がさらに悪化する危険があります。

労働基準監督署からの調査がなされ、会社に違法状態が存在することが認められると、会社に対して是正勧告がなされます。これを放置すると、刑事告訴されるリスクもあります。

そのため、未払い残業代請求に対しては無視をせず、早急に解決を図る必要があります。

(2)証拠開示を求められた場合は、速やかに応じる。

未払い残業代請求がなされる場合、従業員からタイムカードなどの残業実績に関する証拠開示を求められることがあります。

これらの証拠開示を拒否すると、保全処分などにより、強制的に証拠収集される可能性があります。そうでなくても、裁判手続などで開示が必要になります。

そのため、証拠開示を求められた場合は、速やかに応じることが早期解決につながります。

なお、労働基準法109条により、労働に関する重要書類は5年間保存する義務がありますので、少なくとも5年分は保存し、提出しなければなりません。

(3)従業員からの未払い残業代請求に対し、会社としてどのような対応をとるかを検討します。

和解を試みる場合、従業員と話し合いの場を設定し、双方が納得した額にて和解します。

和解ができない場合、労働審判や訴訟で会社側の正当性を主張・立証することになります。

(4)他の従業員へ拡大することを防止する。

一人の従業員から未払い残業代の請求を受けたことが、社内に知れ渡ってしまった場合、他の従業員からも同様の請求をされる可能性があります。

複数の従業員から未払い残業代を請求されると、合計額が数百万円から数千万円に膨れ上がる可能性があり、零細企業の場合、倒産に至るリスクがあります。

社内に知れ渡る前に、早期に解決することが効果的です。

5未払い残業代請求を放置するリスク

会社が従業員からの未払い残業代請求を放置すると次のようなリスクがあります。

(1)未払い残業代・延滞利息(延滞損害金)の支払い

従業員からの残業代請求が認められた場合、企業が未払い分の残業代を支払うことに加えて、年3%の遅延損害金も併せて支払う義務が生じます。

毎月1回、賃金の支払いをしている企業の場合、遅延損害金は各月の賃金の支払い日の翌日から発生します。

従業員が会社を退職した以降は、賃金の支払の確保等に関する法律第6条に基づき、年利14.6%の遅延損害金を請求することができます。

(2)付加金の支払い

裁判により未払い残業代請求が認められた場合、会社は未払い残業代の支払いに加えて、付加金の支払いを命じられることがあります。

付加金とは、賃金の法的保護を目的とし、労基法違反に対する一種のペナルティーとして、使用者(会社)の義務違反の態様や、従業員の受けた不利益などを考慮し、裁判所が付加金の支払いを妥当と判断した場合には、残業代の額と同額までの範囲で課されるものです。

付加金にも、判決確定の日の翌日から年3%の遅延損害金が加算されます。

6過去の裁判例から学ぶ未払い残業代請求の対応策

【企業側敗訴判決】

(1)日本マクドナルド事件(東京地裁H20.1.28判決)

ファストフード店の店長が監督者にあたるのか(いわゆる『名ばかり店長』)が問題となった事例

裁判所は、「①職務内容、権限及び責任に照らし、労務管理を含め企業全体の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか、②その勤務態様が労働時間等に対する規制になじまないものであるか否か、③給与(基本給、役職手当等)及び一時金において管理監督者にふさわしい待遇がされているか否かなどの諸点から判断すべき」とし、店長という名称だけで管理監督者と判断するのではなく、管理監督者としての実態を備えている必要があると判断しました。

(2)医療法人康心会事件(最高裁H29.7.7判決)

病院を解雇された医師が、深夜労働に対する割増賃金の支払を求めた事件

雇用契約では年俸には時間外労働及び深夜労働に対する割増し賃金を含むとの合意があった。

しかし、時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分の金額が明らかにされていなかったため、残業代請求が認められた。

【企業側勝訴判決】

(1)イヌクーザ事件(東京地裁H29.10.16判決)

基本給に含まれていた月80時間の時間外労働に対する固定残業代の定めは無効であるとして、会社に対し時間外労働及び深夜労働に対する賃金の支払をもとめた事件

裁判所は、雇用契約上、固定残業代の定めが明確であり、固定残業代の額とその対象となる時間外労働時間が明示されていること、また、直ちに固定残業代の定めが公序良俗に反するとは言えないと判断し、月80時間の時間外労働に対する基本給組込型の固定残業代の定めが有効と判断した。

(2)日本ケミカル事件(最高裁H30.7.19判決)

従業員が会社に対し、時間外労働があったのに残業代が支払われていないとして、未払いの時間外割増賃金の支払を求めた事件

裁判所は、①雇用契約書、採用条件確認書、賃金規定によって、業務手当て時間外労働の対価として支払われる旨が記載され、業務手当てが時間外労働に対する対価として支払われていた、②実際の時間外労働時間と手当てが想定する時間外労働時間は大きく乖離していないことから、固定残業代が時間外労働に対する対価として支払われたものとして、残業代の請求は認めなかった。

(3)アイスペック・ビジネスブレイン事件(大阪地方裁判所H19.4.6判決)

人材派遣会社の事業部長であった従業員が、退職後に、タイムカードの打刻時間を労働時間として未払い残業代を請求した事件

これに対し、会社側は、「タイムカードの打刻時間中に、自分が経営しようとする会社の準備のための時間に充てていた」と主張した。

裁判所は、「タイムカードの打刻部分について、業務日誌の記載が信用できない以上、打刻された時間中は原告が被告の業務に従事していたとは推認できない」などとして従業員の残業代請求を棄却した。

(4)コンビニエンスストア運営会社事件(東京地方裁判所H26.8.26判決)

コンビニエンスストアを運営する会社の従業員が退職後に未払い残業代を請求した事件

これに対し、会社側は、「従業員は勤務時間中、少なくとも毎日1時間は喫煙休憩をとっていたからその時間は未払い残業代の計算から除外されるべき」と主張した。

裁判所は、従業員が通常の休憩時間の他に1日1時間程度の喫煙休憩をとっていたことを認め、残業代の計算から除外することを認めた。

7未払い残業代請求の防止策と労務管理の見直し

労働時間の管理に問題がなかったか見直す必要があります。

(1)労働時間が適切に記録・管理できているか見直す必要があります。

(2)就業規則・労働契約に労働時間及び残業に関する定めが明確になされているか確認する必要があります。

(3)サービス残業が慣行になっていないか確認する必要があります。

(4)経営者においても、企業側が労働基準法や関連法令を理解して適切な残業代を支払う意識をもつ必要があります。

8裁判化する前に弁護士にご相談を

未払い残業代請求に対応するためには、労働法に関する一定の法律知識が不可欠となります。

正確な法律知識がなければ、請求されている金額が正しいか否かを判断できず、反論するべき点を反論できない可能性があります。そして、このような点が原因で裁判手続に発展する恐れがあります。

未払い残業代を請求された場合には、就業規則、雇用契約書、タイムカードなどを揃えて弁護士に相談することが早期解決につながります。

Last Updated on 10月 11, 2024 by kigyo-kumatalaw

この記事の執筆者:熊田佳弘

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