従業員を解雇できる場合とは?解雇の方法と注意点について弁護士が解説!

1従業員を解雇したい場合の法律的基準

(1)解雇の基本的な法的要件

解雇とは、従業員の同意なく、企業から一方的な通知により雇用契約を終了させることです。

会社が従業員を解雇する場合、法的にはいくつかの要件が求められます。

まず、労働契約法に基づき、解雇には「正当な理由」が必要です(労働契約法16条)。不当解雇を防ぐため、解雇理由は合理的かつ適切であることが求められます。

具体的には、業務上の必要性(経営上の理由や業務縮小など)や従業員の重大な違反(懲戒解雇)などが正当な理由として認められます。解雇に正当な理由がない場合、不当解雇とされ、会社が多額の金銭支払を命じられる危険性があります。

(2)日本における解雇制限の概要

日本における解雇制限は、労働者の権利を保護するため、厳格に規定されています。解雇を行う際、企業は法的な要件を遵守する必要があります。

解雇予告が原則として必要です。労働契約法第20条では、解雇する場合、少なくとも30日前に予告を行うか、30日分以上の賃金を支払うことが義務づけられています。これに違反した場合、不当解雇として損害賠償請求がされる可能性があります。

また、特定の状況下では、解雇に対する手続きが厳格になります。

例えば、労働基準法第19条では、業務上負傷した場合の解雇、育児休業中や産休中の解雇は原則として禁止されています。また、労働組合に加入している場合、団体交渉を通じた手続きが必要となることもあります。

解雇における法的手続きや要件を守らないと、従業員から不当解雇として訴えられるリスクが生じるため、慎重な対応が求められます。

(3)正当な理由が必要となる場合

従業員の解雇において、正当な理由が必要となるのは労働契約法や労働基準法に基づく基本的な原則です。企業が解雇を行う場合、その理由が合理的であり、必要性があることが求められます。正当な解雇理由には以下のようなケースがあります。

ア 労働能力の欠如、病気や怪我による就業不能、著しい成績不良など

業務遂行に必要な能力を持たない場合、例えば長期間の業績不振や能力不足が続く場合、解雇が検討されることがあります。ただし、この理由で解雇するには、十分な証拠や改善の機会が提供されていることが求められます。

イ 業務命令違反、規律違反など

例えば、業務上の不正行為や反復的な遅刻、業務命令の拒否など)を繰り返す場合、解雇が検討されることがあります。この場合も解雇前に警告や改善の機会を与えることが望まれます。

ウ 業務上の必要性(整理解雇)

経営上の理由で従業員を解雇する場合、例えば事業縮小や経営悪化による人員整理が挙げられます。この場合、解雇が不可避であること、他に方法(転職支援や配置転換など)が尽くされていることが求められます。

2解雇事由の具体例

(1)労働能力の欠如、病気や怪我による就業不能、著しい成績不良など

ア 労働能力の欠如、成績不良

①就業規則での表現例

勤務成績が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ないとき(表現例は、厚生労働省「モデル就業規則」参照、以下同様)

②「能力不足、成績不良」の解雇が正当と認められるための条件

・新卒者、未経験者の従業員の場合

必要な指導や、適性を見るための配置転換を行った後も、勤務成績が不良であること

・経験者で専門性を重視して採用した従業員の場合

採用時に前提としていた専門性がないことが明らかになり、改善の余地がないこと

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

・新卒者、未経験者に十分な指導をせずに能力不足だとして解雇するケース

・経験者に対して成績判断を誤り、不合理な成績評価により解雇するケース

裁判例1:セガ・エンタープライゼス事件(東京地方裁判所平成11年10月15日判決)労働者の業務遂行が平均的な水準を下回っていることを認めつつも、就業規則の能力不足解雇の規定は、著しく能力が劣り、向上の見込みがない場合に解雇できる規定であるとして、人事考課が相対評価であったことや体系的な教育や指導を実施して労働者の能力向上を図る余地があったとして解雇を無効とした。

病気やけがによる就業不能

①就業規則での表現例

精神又は身体の障害等により業務に耐えられないとき

②「病気やけがによる就業不能」の解雇が正当と認められるための条件

・就業規則に定められた休職期間を経過したが、復職ができる状態にならなかったこと

・休職期間経過後しばらくの間、短時間勤務や負担の軽い仕事につけるなどの配慮をしたとしても復職可能になる可能性がないと判断されること。

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

・休職すれば復職の見込みがあるのに休職を認めずに解雇するケース

・医師が復職可と判断しているのに休職を認めずに解雇するケース

・休職期間経過後にしばらくの間、負担の軽い仕事につけるなどの配慮をすれば徐々に復職できるにもかかわらず、そのような配慮をしないで解雇するケース

裁判例2:東海旅客鉄道事件(大阪地裁平成元年10月4日判決)

(事案)病気休職中であった原告が、復職の意思を表示しかつ現実に復職可能であるにもかかわらず、被告が、原告を、休職期間満了による退職扱いとしたことが、就業規則、労働協約等に違反し無効であるとして、原告が、被告に対し、従業員としての地位確認並びに未払い及び将来分の賃金の支払を求めた事案

(判断)原告が行うことができない作業があるとしても、身体障害等によって、従前の業務に対する労務提供を十全にはできなくなった場合に、他の業務においても健常者と同じ密度と速度の労務提供を要求すれば労務提供が可能な業務はあり得なくなるのであって、雇用契約の信義則からすれば、使用者はその企業の規模や社員の配置、異動の可能性、職務分担、変更の可能性から能力に応じた職務を分担させる工夫をすべきとした。

協調性の欠如

①就業規則での表現例

職場における協調性を欠き、注意、指導しても改まらないとき

②「協調性の欠如」の解雇が正当と認められるための条件

・他の従業員との協調が不可欠な仕事であるとか、少人数の職場であるなどの事情により、協調性が重要な業務内容、職場環境であること

・他の従業員と協調せず、業務に重大な支障が生じていること

・本人への指導や配置転換によっても協調性の欠如が改善されないこと

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

・協調性の欠如があるが、会社が十分な指導や人間関係の調整を行っていないケース

・上司との相性が悪くトラブルを起こすが、会社が相性の良い部署を探すための配置転換を行っていないケース

頻繁な遅刻や欠勤

①就業規則での表現例

正当な理由なく、無断でしばしば遅刻、早退又は欠勤を繰り返し、注意を受けても改めなかったとき

②「頻繁な遅刻や欠勤」の解雇が正当と認められるための条件

・正当な理由のない欠勤や遅刻について会社が懲戒処分をするなど適切な指導をしていること

・会社による適切な指導の後も、頻繁に欠勤や遅刻を繰り返していること

例えば、遅刻について懲戒処分を受けた後も6か月に24回の遅刻と14回の欠勤をしたケースについて解雇は正当と判断した裁判例がある。

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

・会社が遅刻や欠勤に対してなんら指導をしていないケース

・遅刻や欠勤の程度が重大といえないケース

裁判例3高知放送事件(最高裁昭和53年1月31日判決)

(事案)アナウンサーが放送局内に宿直しながら寝過ごしたため、午前6時のニュースを放送できず、また、放送開始が遅れるという事故を2週間に2度も起こし、第2事故の顛末について一部事実とは異なる報告をした。高知放送側は就業規定違反とみなして当該アナウンサーを普通解雇した。普通解雇の効力が争われた。

(判断)就業規則所定の重大な服務規律違反、職務懈怠により会社に損害を加えたことにあたるとしたものの、アナウンサーだけでなく記者も寝過ごしていたことアナウンサーは起床直後に放送中で謝罪し、また放送の空白もさほど長くないこと、高知放送側が何ら同様の事態に対する対策を施していなかったこと、3月の事故のもう一人の当事者である記者はけん責処分に処されており、また過去に放送事故を理由に解雇された事案が存在しないこと、などといった高知放送側の問題点を指摘した上で、上記の事情を以てアナウンサーを解雇することは苛酷であり、社会通念上相当であるとは認められないとして、解雇処分は無効であるとの判決を下した。

(2)就業規則違反(規律違反、業務命令違反、機密情報の漏えい、ハラスメントなど)

業務命令に対する違反

①就業規則での表現例

正当な理由なく、しばしば業務上の指示、命令に従わないとき

②「業務命令に対する違反」の解雇が正当と認められるための条件

・会社の正当な業務命令に従わないこと

・今後も従わない意思を明確にしているなど、改善が期待できないこと

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

・業務命令が退職に追い込む目的や嫌がらせ目的のものであって正当なものといえないケース

・業務命令の趣旨や必要性について会社が十分な説明をしておらず、十分な説明をすれば業務命令に従う可能性が残されていると判断されるケース

このように普通解雇の場面では、就業規則の解雇事由に形式的にあてはまればよいというものではなく、その程度が改善の余地のない重大なものであることが原則として必要となる。

転勤の拒否

①就業規則での表現例

正当な理由なく、会社の重要な業務上の指示・命令に従わなかったとき

②「転勤の拒否」の解雇が正当と認められるための条件

・会社に転勤を命じる権限があることが就業規則や雇用契約書で明記されていること

・転勤を命じることが必要となる業務上の理由があること

・重度の障害がある家族を介護する従業員であるなど、従業員側に転勤が極度に困難であるという事情がないこと

・転勤を命じるにあたり、単身赴任手当の支給や社宅の提供など会社としての配慮を行っていること

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

・業務上の必要がないのに退職に追い込む目的で転勤を命じるケース

・重度の障害がある家族を介護する立場にあるなど、転勤を拒否することについてやむを得ない事情があるケース

無断欠勤

①就業規則での表現例

正当な理由なく、無断欠勤が○日以上に及び、出勤の督促に応じなかったとき

②「無断欠勤」の解雇が正当と認められるための条件

・無断欠勤が14日以上に及ぶこと

・パワハラなど会社側の責任による無断欠勤ではないこと

・精神疾患が原因で必要な連絡ができないなど、従業員側に無断欠勤になることについてやむを得ない事情がある場合ではないこと

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

・欠勤に至ったことについて、パワハラが原因であるなど会社側の落ち度があるケース

・無断欠勤の原因が精神疾患であることが推測され、本来、休職を認めるべきであると判断されるケース

パワハラ

①就業規則での表現例

職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景にした、業務の適正な範囲を超える言動により、他の労働者に精神的・身体的な苦痛を与え、就業環境を害するようなことをしたとき

②「パワハラ」の解雇が正当と認められるための条件

過去にもパワハラについて懲戒処分歴がある従業員がさらにパワハラを繰り返したこと

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

パワハラについて過去に指導や注意を受けたことがないのに、1回目から懲戒解雇するケース

※厚労省「職場におけるパワーハラスメント対策セクシュアルハラスメント対策」参照

裁判例4:パワハラ・懲戒解雇事件(東京地裁平成28年11月16日決定)

(事案)事実上、従業員のトップの地位にある者が、若手従業員である部下に対し、顔面を平手でたたく暴行を加え、加療約5日間を要する顔面打撲及び筋挫傷の傷害を負わせた傷害行為等を理由とした解雇に対して、従業員が解雇無効、賃金及び賞与の仮払いを求めた。

(判断)裁判所は、当該従業員の行為が、服務規律違反が該当し、傷害行為は犯罪行為に該当するが、部下に対する継続的な暴言(いじめ)が認められなかったこと、暴行の内容、程度についても、平手で顔面を1回たたくというもので、悪質とまではいえず、傷害結果も比較的軽微であったこと、被害者に謝罪していることなどから、仮に懲戒事由に該当するとしても懲戒解雇は重きに失するとして懲戒解雇は無効と判断した。

セクハラ

①就業規則での表現例

性的な言動により、他の労働者の労働条件に不利益を与え、または、就業環境を害したとき

②「セクハラ」の解雇が正当と認められるための条件

・「無理やりキスをする」、「押し倒して性行為に及ぶ」などのケースでは無条件で懲戒解雇が可能。

・より軽微なケース(しつこく交際を求める、下ネタをいう、肩を抱く、ひざの上に座らせる)では、「一度セクハラについて懲戒処分を受けたが改まらないこと」が解雇の条件となる。

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

・セクハラについて十分な証拠がないのに解雇するケース

・下ネタなどの軽微なセクハラについて、過去に指導や注意を受けたことがないのに、1回目から懲戒解雇するケース

裁判例5:B女子大学事件(東京高等裁判所平成31年1月23日判決)

(事案)女子大学を経営する学校法人の男性教授が、女子職員や女子生徒に対して性的な発言等のセクハラをしたことを懲戒事由として懲戒解雇されたことから、当該教授は、懲戒事由を欠き又は懲戒権を濫用したものとして、地位確認等を求めた。

(判断)一審は、学校法人が挙げた11個の懲戒事由のうち、1個のみを認定するにとどまり、その認定した懲戒事由では、懲戒処分は重すぎるとして無効と判断した。

控訴審では、11個の懲戒事由全てについて事実認定し、懲戒事由が多数に及び、その内容も女子大学としての信用・評判を著しく低下させるものが複数含まれている、十分な反省が見られず、再発のリスクも高かったなどとして、懲戒解雇を有効とした。

横領、着服

①就業規則での表現例

会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき

②「横領、着服」の解雇が正当と認められるための条件

横領、着服の事実が証拠により立証されていること

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

横領、着服について十分な証拠がないのに解雇するケース

裁判例6:KDDI事件(東京地方裁判所平成30年5月30日判決)

(事案)従業員が、就業規則、賃金規程、社宅規程などの要件に該当しないにもかかわらず、単身赴任手当を受給したり、会社の借り上げ住宅に適正な賃料を負担しないで居住したりしたことを理由として懲戒解雇され、退職金不支給規定に基づき退職金の支給を受けられなかった。当該従業員が、地位確認、賃金支払等を求めた事案。

不正受給の有無と不正受給がある場合の懲戒事由該当性が争点となった。

(判断)被告は就業規則上の懲戒解雇事由に該当する各行為を行ったものであるところ、その具体的な内容をみても、3年以上の期間において、会社に対し、本来行うべき申請を行わなかったというにとどまらず、積極的に虚偽の事実を申告して各種手当を不正に受給したり、本来支払うべき債務を不正に免れたりするなど、雇用関係を継続する前提となる信頼関係を回復困難な程に毀損する背信的行為を複数回にわたり行い、被告に400万円を超える損害を生じさせた。

弁明の機会を付与された際にも、明確な謝罪や被害弁償を行うこともなかった。

本件懲戒解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないということはできない。

私生活上の犯罪

①就業規則での表現例

私生活上の非違行為によって、会社の名誉信用を損ない、業務に重大な悪影響を及ぼす行為をしたとき

②「私生活上の犯罪」の解雇が正当と認められるための条件

・強姦、強制わいせつなどの性犯罪については通常、解雇が認められる。

・私生活上のけんかや交通事故や飲酒運転、無免許運転などについては、会社名が報道されるなどして会社の信用が損なわれたことが条件になる。

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

私生活上のけんかや交通事故や飲酒運転、無免許運転などについて、会社名が報道されるなど会社への影響がないのに解雇するケース

裁判例7:大阪高裁平成25年9月24日判決

(事案)児童ポルノの公然陳列罪で罰金刑に処せられたことを理由に懲戒解雇したのは解雇権の濫用であるとして,元従業員が,雇用契約上の地位確認等を求めた。

(判断)一審は、私生活上の非行であり,態様も直接的な侵害行為ではない等として請求を認容した。

控訴審は,本件非違行為は,破廉恥かつ悪質なものであり,児童買春等に比べても犯情が軽く,社会的非難が低いと評価することはできないし,会社は海外の取引先も多い大企業で,企業の社会的責任が強く求められる状況にあり,社会的評価への悪影響も重大であるとして,懲戒処分は社会通念上相当で,権利の濫用にはならないとして,原判決を取消し,原告の請求を棄却した。

機密情報漏洩

①就業規則での表現例

正当な理由なく、会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき

②「機密情報漏洩」の解雇が正当と認められるための解雇条件・解雇要件

・会社の重要な顧客情報や技術情報を不正に持ち出したこと

・会社が社内においてその情報を機密情報として扱うことを明確にしていたこと

・情報を個人的な事業あるいは他社のために使用しようとしたこと

・会社に損害が発生したこと

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

・機密情報の持ち出しがあったが、社内でそれを機密情報として扱うべきことが明確になっていなかったケース

・配偶者が同業他社に就職したことなど、情報漏洩の危険があるというだけで、実際には情報漏洩が発生していないが解雇するケース

・機密情報の自宅への持ち帰りなど、情報の扱いにルール違反があるが、会社に損害が発生したとはいえないケース

会社に対する誹謗中傷

①就業規則での表現例

会社に対する正当な理由のない誹謗中傷等であって、会社の名誉信用を損ない、業務に重大な悪影響を及ぼす行為をしたとき

②「会社に対する誹謗中傷」の解雇が正当と認められるための条件

根拠ない誹謗中傷を社外で行うことにより、会社に重大損害を発生させたことが正当な解雇と認められる条件となる。

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

会社で実際に行われている不正について告発したり、あるいは違法な労働環境について告発するなど、根拠のない誹謗中傷とはいえないケース

経歴詐称

①就業規則での表現例

重要な経歴を詐称して雇用されたとき

②「経歴詐称」の解雇が正当と認められるための条件

・重要な職歴や学歴の詐称があったこと。

・真実の職歴や学歴を採用時に聴かされていれば、採用しなかったこと

③不当解雇と判断される可能性が高いケース

・職歴の一部の省略など、重要とは言えない経歴詐称を理由に解雇するケース

・学歴について大学中退を高校卒業と申告するなど、重要とは言えない学歴詐称を理由に解雇するケース

裁判例8:メッセ事件(東京地方裁判所平成22年11月20日判決)

入社に際し、前科を告知せず、虚偽の職歴を伝えて採用された労働者に対する経歴詐称と理由とする懲戒解雇が認容された事例

※懲戒解雇の場面でも、形式的に就業規則上の懲戒解雇理由にあたるだけでなく、一定の重大なものであることが、解雇が正当と認められる条件になっています。

(3)企業運営上の理由による解雇(整理解雇)

企業運営上の理由による解雇は、経営上の必要性や事業環境の変化によって従業員を解雇する場合です。これには、経済的な理由や業務の縮小、会社の再編成が含まれます。例えば、業績悪化や経営資源の最適化を目的とした人員整理、事業の撤退や縮小、技術革新による業務の自動化などが挙げられます。このような理由での解雇は、「整理解雇」とも呼ばれます。以下、整理解雇についてご説明します。

ア「整理解雇」とは、余剰人員の削減を目的とする解雇

整理解雇は、会社側の事情による解雇になることから、法律上厳格な制限があり、正しい手順で行わなければ、重大な裁判トラブルに発展することがあります。

裁判例9:日本通信事件(平成24年2月29日東京地方裁判所判決)

不採算部門従業員の整理解雇について不当解雇と判断され、従業員3名に対して合計約3000万円の支払いを命じられた。

裁判例10:クレディ・スイス事件(平成23年3月18日東京地方裁判所判決)

不採算部門従業員の整理解雇について不当解雇と判断され、約1300万円の支払いを命じられた。

整理解雇の四要件

裁判上、整理解雇が適法となるための四要件があります。

①人員削減が必要であること(経営上の必要性)

②解雇以外の経費削減手段をすでに講じたこと(解雇回避努力)

③解雇の対象者が合理的基準で選ばれていること(被解雇者選定の合理性)

④対象者や組合に十分説明し、協議したこと(手続きの相当性)

以下、順次検討します。

①人員削減が必要であること(経営上の必要性)

適法な整理解雇と認められるためには、人員削減の必要があることを資料で示すことができるようにしておくことが重要となる。

具体的には以下の点を資料で示すことになる。

・経営が赤字であることあるいは赤字になる見込みであること

・経営が赤字にならなくても余剰人員が発生していることあるいは発生する見込みであること

整理解雇は余剰人員を削減するために行うものであって、必ずしも赤字でなければ整理解雇ができないと考える必要はない。

但し、経営が赤字になっていなくても余剰人員が発生していることを資料で示すことができれば、人員削減の必要性については裁判所でも認められると考えられる。

裁判例11:四日市カンツリー倶楽部事件(津地方裁判所四日市支部昭和60年5月24日判決)

企業は、当面の経営危機は存しなくとも、企業の維持、発展を図り、併せて将来の経営危機に備えるため、その経営者の責任と裁量において、経営合理化ないし費用削減の手段として、オートメーション機械等を導入するなどし、その結果生じた余剰人員を整理解雇することも、全く許されないわけではない。

他方、以下のようなケースでは、人員削減の必要性がないと判断されやすくなるので注意が必要。

①整理解雇に並行して新規の従業員を募集している場合

②整理解雇に前後して大幅な昇給や賞与増を実施している場合

③希望退職によりおおむね人員削減の目標を達成し、将来の自然退職による人員減少も考慮すれば整理解雇の必要性が小さい場合

②解雇以外の経費削減手段をすでに講じたこと(解雇回避努力)

適法な整理解雇であるかの判断においては、解雇以外の経費削減手段(解雇回避努力)をすでに講じていたかどうかも重要な判断要素となる。

そのため、整理解雇の前にまず整理解雇以外の経費削減手段を実行しておくことが重要である。

主に重要になるポイントとしては、以下の点がある。

①希望退職者の募集を実施したか

②派遣社員の削減を実施したか

③パート社員や契約社員の削減を実施したか

④役員報酬の削減を実施したか

これらの経費削減努力を実施しないまま整理解雇を行う場合は不当解雇と判断されやすい。

③解雇の対象者が合理的基準で選ばれていること(被解雇者選定の合理性)

会社側としては、やめてもらいたい人、やめてもらいたくない人がいると思いますが、整理解雇は会社側の事情による解雇であるからできるだけ客観的な基準に基づき対象者を決めることが必要であるというのが判例の考え方。

整理解雇の対象者について会社側が客観的な選定基準を設けていなかった場合には、整理解雇は不当解雇であると判断した判例が多数存在する(大阪地方裁判所平成10年1月5日決定など)。

具体的な基準としては以下のようなものが考えられる。

・解雇の対象者の選定基準の例

例1:勤務成績・貢献度を基準とするケース

顧客アンケートの評価や顧客からの指名数などを基準に対象者を選定したケースでは基準に合理性があると判断された(東京地裁立川支部平成21年8月26日決定)。

例2:過去の勤怠状況を基準とするケース

過去の2年間の欠勤・遅刻・早退等欠務時間順に対象者を選定したケースでは基準に合理性があると判断された(東京地裁平成12年1月12日決定)。

例3:整理解雇による経済的打撃の程度

共働きかどうかや、扶養家族の有無などを基準に対象者を選定したケースでは基準に合理性があると判断された(横浜地裁昭和62年10月15日判決、東京地裁平成2年9月25日判決)。

一方、年齢を選定基準として一定以上の年齢の従業員を整理解雇の対象者とすることは避けるべきである。

過去には、55歳以上の世代は比較的生活に余裕があるなどとして55歳以上という年齢基準による解雇も一応の合理性があると判断した判例(横浜地裁昭和62年10月15日判決)もあるが、年配者は再就職が困難であることなどとして年配者を解雇対象とする基準は合理的でないと判断した裁判例(東京地裁平成13年12月19日判決)も存在する。

④対象者や組合に十分説明し、協議したこと(手続きの相当性)

対象者や組合に十分な説明をし協議を経たうえで解雇したかどうか。

具体的には決算資料を開示して、会社の経営状況を正しく伝え、整理解雇の必要性について十分、従業員に説明することが重要。

経営者としては決算資料を開示することに抵抗があると思われる。

しかし、過去の判例上、資料の外部への流出の危険などを理由に、組合に決算書のコピーをとることを認めなかった事例では、説明や協議が十分でないとして不当解雇と判断されている(大阪地裁平成6年3月30日決定)。

従業員や組合への説明は繰り返し粘り強く行う必要がある。

組合との団体交渉を1回しかしない場合(東京地地裁立川支部平成21年8月26日決定)や、整理解雇の2、3日前に団体交渉をしたにすぎない場合(甲府地裁平成21年5月21日決定)では、説明や協議が十分でないと判断されている。

整理解雇の手順

整理解雇は、通常の解雇とは異なります。

具体的な「整理解雇の手順」は、以下の通りです。

①派遣社員や契約社員の削減、希望退職者の募集を行う

まず、派遣社員や契約社員の削減、希望退職者の募集を行うなど、整理解雇以外の方法での人員削減努力をすることが判例上求められています。

②会社内部で整理解雇の方針を決定する

派遣社員や契約社員の削減、希望退職者の募集だけでは、必要な人員削減数を達成できない場合は整理解雇に進む。

整理解雇をする場合、まずは会社内部で具体的な方針を決定する。

特に以下の点についての方針決定が重要となる。

・解雇対象者を決定する基準

・解雇の時期

・解雇に伴う退職金その他金銭面の扱い

・解雇前の話し合いをどのように行うか

③従業員や組合と協議する

整理解雇の前に従業員や組合に対し十分、経営状況を説明し、整理解雇の必要性について理解を求めることが判例上求められている。

また、整理解雇の進め方や解雇対象者を決定する基準について、従業員や組合と協議を行うことも判例上求められている。

④整理解雇を実行する

十分な協議を終えた後に整理解雇を実行する。

具体的には30日前に解雇予告行うか、30日分の解雇予告手当を支払って解雇する。

⑤解雇後の事務手続きを正しく行う

解雇の後は、社会保険の資格喪失届などの事務手続きが必要になる。

3解雇手続の流れとポイント

解雇手続きには、法的な要件を守りながら、適切な手順を踏むことが重要です。以下に解雇手続きの流れとポイントをまとめます。

(1)解雇理由の確認と証拠収集

まず、解雇理由が正当であることを確認します。勤務態度の問題や業績不振、企業の経営状態による人員整理など、解雇の理由が明確で合理的でなければなりません。必要に応じて、証拠や記録を集めておきます。

(2)警告・指導の実施

解雇に至る前に、問題のある従業員には注意や警告を行い、改善の機会を与えることが求められます。特に勤務態度や能力不足が原因の場合、改善策を示して指導を行うことが大切です。

(3)解雇通知の作成

解雇を決定した場合、正式な解雇通知を作成し、従業員に対して通知します。この通知は書面で行い、解雇理由や実施日、解雇予告期間(30日前)を明記する必要があります。解雇予告が不可能な場合は、予告手当(30日分以上の賃金)を支払います。

(4)労働組合との協議(必要に応じて)

従業員が労働組合に所属している場合、解雇前に労働組合との協議を行い、解雇の正当性について合意を得ることが求められます。

(5)解雇後の手続き

解雇後は、退職金や年次有給休暇の消化、社会保険の手続きなどを適切に行います。解雇理由が不当であると判断された場合、従業員が労働審判や訴訟を起こすことがあるため、手続きに関して法的な確認を怠らないことが大切です。

適切な手続きと透明性を確保することで、不当解雇とされるリスクを減少させ、企業側の法的リスクを軽減できます。

4退職勧奨とは何か

(1)退職勧奨とは

ア 退職勧奨とは

会社から従業員に退職を促し、従業員に退職について同意してもらい、退職届を提出して退職してもらうことを目指す会社からの説得活動。

退職勧奨は、法的には、いったん企業と労働者の合意により成立した雇用契約を、企業と労働者の合意により終了させる合意解約です。

イ 解雇との違い

解雇は、企業からの一方的な通知により雇用契約を終了させるものです。

雇用契約終了が従業員との合意によるものかどうかが、退職勧奨と解雇の違いとなります。

ウ 裁判例

裁判例1:昭和電線電纜事件(横浜地方裁判所川崎支部平成16年5月28日判決)

退職勧奨時の会社側の言動が一因となって、いったん退職に応じた従業員の退職が無効と判断され、会社に従業員の復職と「約1400万円」の支払いを命じた。

裁判例2:大和証券事件(大阪地方裁判所平成27年4月24日判決)

会社が従業員を退職に追い込む目的で配置転換や仕事の取り上げを行ったとして、会社に「150万円」の慰謝料の支払いを命じた。

裁判例3:全日空事件(大阪高等裁判所平成13年3月14日判決)

退職勧奨時の会社側の言動や、長時間多数回の退職勧奨に問題があったとして、会社に「90万円」の慰謝料の支払いを命じた。

(2)退職勧奨の前提条件

ア 原則として、退職勧奨に法律上の制限はない。

前記の裁判例でも、退職勧奨を行うこと自体が違法であるとはしていない。

成績が悪い従業員、協調性がない従業員、業務の指示に従わない従業員など問題がある従業員に対し、会社が退職勧奨・退職勧告を行うこと自体、違法ではない。

イ 退職勧奨の適法性についての判例

裁判例4:住友林業事件(大阪地方裁判所平成11年7月19日決定)

長期間にわたり全く業績のない従業員に対して、業績を上げるよう叱咤したり、退職を勧奨したりすることは企業として当然のことであり、それ自体は何の問題もない。

営業成績からして、面談等を重ねたことや、その結果最終的には退職勧奨にまで至ったことは、企業としてはやむを得ない措置というべきである。

このように、退職勧奨を行わなればならない場面があること自体、裁判所も認めています。

ウ 例外として、退職勧奨を行ってはいけない場合

・性別による差別的取り扱いの禁止

男女雇用機会均等法第6条4号において、性別を理由に退職勧奨において差別的な取扱いをすることが禁止されている。

例えば、人員削減の場面で女性社員のみを退職勧奨の対象とすることはこの規定により許されない。

・メンタルヘルス不調の従業員

退職勧奨の対象者にメンタルヘルス不調の問題がある場合は、退職勧奨自体を控えるべき。

裁判例5:中倉陸運事件(京都地方裁判所令和5年3月9日判決)

特に業務に問題が生じていないのにメンタルヘルス不調で通院治療しているという事実だけを理由に退職勧奨することは違法と評価される危険がある。

裁判例6:栃木県事件(宇都宮地方裁判所令和5年3月29日判決)

メンタルヘルス不調で就業不能となっている場面で、私傷病休職制度があり、退職せずに休職する余地があるのにそれを告げずに退職勧奨することも適切ではない。

(3)企業にとってのメリットとデメリット

ア メリット:退職勧奨は法的なリスクが小さい

解雇は従業員の同意を得ずに一方的に行うものであるため、非常にトラブルになりやすく、法的なリスクが大きい。解雇するには、正当な解雇理由が必要となる。

この「正当な解雇理由」があるかどうかをめぐって、従業員から「不当解雇」であるとして訴えられ、企業側が裁判で敗訴して、多額の支払いを命じられるケースが相次いでいる。

そして、どのような場面であれば不当解雇となるかについては明確な基準がなく、裁判官によっても判断が分かれることもある。

そのため、企業の立場から、不当解雇になるかどうかの予測が困難である。

他方、退職勧奨は、弁護士に相談しながら、正しい手順を踏んで行えば、解雇のような法的リスクを回避できる。

イ デメリット:退職勧奨は説得と同意が必要

退職勧奨は、従業員を退職に向けて説得し、同意を得ることが必要。

多くの場合、一度話しただけでは、同意を得ることができず、合意に至るまで辛抱強く話し合いをする必要がある。

万一、解雇した後にトラブルになると、解決まで2年を超える期間と1000万円を超える金銭の支払いが必要になることも少なくないため、退職勧奨の手間をかけてでも解雇を回避するのが相当である。

(4)退職勧奨の理由

ア 従業員の能力不足

ミスの頻発や顧客からの苦情、営業職社員の営業成績の不良等を理由とする退職勧奨が代表例です。また、管理職のマネジメント能力の不足を理由とする退職勧奨もこれに含まれる。

イ 勤務態度不良

業務上の指示に従わない従業員に対する退職勧奨や、遅刻、欠勤等を繰り返す従業員に退職勧奨を行うケース。

ウ 周囲の同僚や上司とのトラブルの頻発

協調性が欠け、周囲とのトラブルが多い従業員に対する退職勧奨のケース。部下に対するパワハラや、セクハラをする従業員に対する退職勧奨もこれに含まれる。

エ 信頼関係の喪失

機密情報の持ち出しや就業規則違反、上司や経営陣に対する誹謗中傷などがあり、もはや雇用を継続するための信頼関係を築くことができないことを理由とする退職勧奨。

オ 経営上の事情による退職勧奨

会社の経営難や、不採算部門の廃止、事業内容の転換などの事情で、人員整理を行う場合の退職勧奨がこれにあたる。

退職勧奨では、対象となる従業員に退職して欲しい本音の理由を伝えるべき。

本当は会社の不採算部門の廃止で退職して欲しいのに、退職勧奨の理由として「能力不足」と説明するなど、建前上の理由を伝えると、対象従業員は必ず違和感を抱き、それがきっかけで不信感が生まれ、退職の合意に至らない原因になる。

退職勧奨は嘘なく、誠実に本音で行うことが必要。

カ 試用期間中の従業員の能力不足を理由とする退職勧奨について

特に、試用期間中の従業員について、会社の指導にもかかわらず、会社が求める能力に達せず、雇用の継続が難しいという場合、安易に解雇したり、本採用を拒否したりしても問題はないか。

裁判例7:三菱樹脂事件(最高裁判所昭和48年12月12日判決)

試用期間満了後の本採用拒否は、通常の解雇よりも広い範囲で認められる。

しかし、実際には、試用期間中の解雇や、試用期間満了後の本採用拒否が無効であると判断され、会社が敗訴しているケースが多い。

試用期間中だからといって安易に解雇してしまうと、従業員から訴訟を起こされ、敗訴すれば多額の支払いをしなければならなくなるリスクをかかえることになるため、解雇ではなく、退職勧奨により、本人との合意のもと退職してもらうことを目指すべき。

(5)裁判例からみる重要注意事項

重要注意事項3点

ア「退職届を出さなかったら解雇する」という発言はしない。

イ 退職を目的とした配置転換はしない。

ウ 長時間多数回にわたる退職勧奨は退職強要と判断される。

以下で順次検討する。

ア「退職届を出さなかったら解雇する」という発言はしない。

会社側が『退職届を出さなかったら解雇する』として従業員を退職勧奨した場合に、実際は裁判所で解雇が認められないようなケースであれば、従業員が退職勧奨に応じて退職届を提出したとしても、退職の合意が無効とされるリスクがある。

裁判例1:昭和電線電纜事件(横浜地方裁判所川崎支部平成16年5月28日判決)

(事案)

電気工事などを事業とする会社が、同僚に対する暴言などの問題があった従業員に退職を勧告し、従業員もこれに応じて退職したが、その後従業員が退職の合意は無効であるとして、会社を訴えた。従業員は訴訟において、「復職」と「退職により受け取れなかった退職後復職までの期間の賃金の支払い」を求めた。

(争点)

会社は退職勧奨の際に、従業員に対して、「自分から退職する意思がないということであれば解雇の手続をすることになる」、「どちらを選択するか自分で決めて欲しい」などと説明した。

従業員は、「会社の説明により、退職届を出さなければ当然解雇されると誤信して退職届を提出した」として、退職の合意の無効を主張した。

そこで、会社が退職勧奨の際に、「自分から退職する意思がないということであれば解雇の手続をすることになる」などと説明したことにより、いったん成立した退職の合意が無効となるかが、裁判の争点となった。

(判断)

裁判所は、本件では本来解雇できるほどの理由はなく、解雇は法的には認められないのに、会社の説明により、従業員が退職届を出さなければ当然解雇されると誤信して退職届を提出したと認めた。

退職の合意を無効と判断し、会社に対し、この従業員を復職させ、かつ、退職によりこの従業員が受領できなかった賃金「約1400万円」を支払うことを命じた。この「約1400万円」は、従業員がいったん退職に応じてから、裁判を起こし、裁判で判決が出るまでの間の約2年半の賃金の額にあたる。

イ退職を目的とした配置転換はしない。

裁判例2:大和証券事件(大阪地方裁判所平成27年4月24日判決)

(事案)

大和証券が、勤務態度、勤務成績の評価が悪かった従業員に対して、退職して子会社に転籍することを勧告し、従業員もこれに応じて転籍したが、その後、この従業員が退職・転籍は強要されたものであるなどとして、会社を訴えた。

(争点)

会社は、退職勧奨を行っていた時期に、約4カ月もの間、この従業員を「追い出し部屋」などと呼ばれる1人の部屋で執務させ、他の社員との接触を遮断し、朝会などにも出席させなかった。

これらの行為が、違法な退職の強要にあたるか。

(判断)

裁判所は、会社の行為は、従業員を退職に追い込むための嫌がらせであり、およそまともな処遇であるとはいい難いとして、会社に対し、「150万円」の慰謝料の支払いを命じた。

ウ長時間多数回にわたる退職勧奨は退職強要と判断される。

裁判例3:全日空事件(大阪高等裁判所平成13年3月14日判決)

(事案)

全日空が、能力面での問題があった客室乗務員に対して、退職することを勧告し、客室乗務員がこれに応じなかったために解雇したところ、この客室乗務員が慰謝料等の支払いを求めて提訴した。

(争点)

全日空は約4か月の間に30回以上の退職勧奨の面談を行い、その中には8時間もの長時間にわたるものもあった。

また、退職勧奨の面談の際に、大声を出したり、机をたたいたりという不適切な言動もあった。これらの行為が、違法な退職の強要行為にあたるか。

(判断)

退職勧奨の頻度、面談の時間の長さ、従業員に対する言動は、許容できる範囲をこえており、違法な退職強要として不法行為となると判断し、90万円の慰謝料の支払いを命じた。

※参考

裁判例8:サニーヘルス事件(東京地方裁判所平成22年12月27日判決)

1週間に1回あたり30分程度の面談を7回行って退職勧奨した事例について、適法な退職勧奨の範囲内と判断した。

(6)具体的な進め方

ア 退職勧奨の方針を社内で確認する

まず、対象の従業員について退職勧奨を行うことに関して、会社の幹部や本人の直属の上司に意見を聴き、退職勧奨をする方針を社内で確認して理解を求めておく必要がある。

イ 退職勧奨の理由を整理した書面を作成する

できるだけ説得的な話をするため、従業員の反論にそなえて、話の筋道がブレないようにするため、言ってはいけないことを言わないようにするため、退職勧奨の理由は書面で整理する必要がある。

ウ 従業員と個室で面談する

退職勧奨は、会社の会議室など、個室で行う必要がある。

エ 従業員に退職してほしいという会社の意向を伝える

オ 退職勧奨についての回答の期限を伝え、検討を促す

退職勧奨についての回答を面談の場ですぐに求めることは、退職を強要されたと受け取られる可能性がある。

そのため、退職してほしいという会社の意向を伝えた後は、再度の面談の期日を設けて、再度の面談までに回答するように、従業員に検討を促す必要がある。

カ 退職の時期、金銭面の処遇などを話し合う

従業員が条件によっては退職に応じる意向を示した場合は、「退職の時期」や「金銭面の処遇」を決めていく。

退職する従業員の生活の不安が大きく、その点が退職に合意するうえでの支障となっているときは、退職に応じることを条件に一定の退職金や解決金を支給することも検討する。

※対象従業員の有給休暇の残日数も事前に確認する。

退職勧奨にあたり、有給休暇の買い取りを会社から提案することも検討。

キ 退職届を提出させる

退職勧奨の結果、退職の時期や金銭面の処遇についてまとまったときは、必ず、退職届を提出させる。

退職届は、従業員が退職勧奨に応じて退職を承諾したこと、つまり、解雇ではないことを示す重要な書類であるため必ず必要となる。

※録音はしておくべき

退職勧奨で、「不当な心理的圧力をかけられた」とか「名誉を傷つけるような暴言を吐かれた」という訴訟を起こされるリスクも皆無ではないので、退職勧奨の内容については録音しておいたほうがよい。

なお、退職勧奨関連の裁判では、従業員側から録音テープが証拠提出されることがほとんどであり、会社としても当然録音されているものとして、言動には細心の注意を払うことが必要である。

※退職勧奨の場面で言ってはいけない言葉

言ってはいけない言葉の例として、

「従業員を不当に侮辱する言葉」

「退職を強要する言葉」

「応じなければ解雇されると誤解させる言葉」

「ハラスメントにあたる言葉」

(7)対象従業員が納得するために必要な事前対応について

ア 例:能力不足でミスを繰り返し、改善も見込めない従業員について退職勧奨を行わなければならない場面

特に、上司や経営者が対応に悩むような改善の見込みが薄い従業員ほど、自分自身の問題点に自分では気づかず、むしろ、自分はできていると思っている傾向にある。

上司や経営者から、業務についての問題点について明確な指導をし、現在会社の求める基準に達していないことを明確に指摘しない限り、対象従業員は「給与に見合う仕事をしていない」「改善の意欲が見られない」などと思われていることに気づかないことがほとんどである。

そのような状態のままで、対象従業員を呼んで、「あなたは能力的に難しいから退職してほしい」と伝えても、対象従業員からすれば突然のことであり、全く納得がいかない。なぜ自分が能力不足だと言われるのか、なぜやめてほしいと言われなければならないのかが理解できない。

そのため、仮に、退職金を上乗せして支払う旨の提示をしたとしても、対象従業員の納得を得られる見込みは低く、退職の合意を得ることは難しくなる。

そして、そのような状況でもあえて退職の合意を得ようとするならば、より高額な退職金を支給することが必要になってしまう。

イ 対象従業員に「自覚」させたうえで退職勧奨を行う

退職勧奨で退職の合意を得やすくするためには、対象従業員が退職勧奨に納得するだけの事前対応をしておくことが必要となる。

例:能力不足のケース

能力不足の従業員の場合には、業務についての問題点、改善が必要な点を明確に伝えて、繰り返し指導し、改善の機会を与えることが、必要な事前対応となる

上司から明確に問題点を伝えて改善指導され、機会を与えられたのに改善できなかったというプロセスを踏むことによってはじめて、対象従業員としても、自身の能力が会社の求めるレベルに至らないことを自覚するに至る。

そして、その段階で退職勧奨を行えば、対象従業員としても退職することはやむを得ないと納得し、退職の合意を得ることができる。

それでも従わないときは、文書で明確な業務命令を出し、それでも指示に従わないときは懲戒処分の手続を行う必要がある。

そのようなプロセスを踏むことにより、対象従業員としても、自分が自社で就業を続けても評価されないことを自覚する。

そして、この段階で、退職勧奨を行うことにより、対象従業員としても、退職することはやむを得ないと納得し、退職の合意を得ることが可能となる。

(8)失業保険は会社都合退職として扱う

会社からの退職勧奨によって退職に至った場合は、雇用保険上の特定受給資格者、つまり「会社都合退職」として扱うべきであるとするのが、ハローワークの判断基準。

会社都合退職扱いになることにより、雇用保険(失業保険)の基本手当の給付日数が優遇されるので、「会社都合扱いになること」も、退職勧奨における説得材料の1つにすることができる。

但し、会社都合退職扱いとすることによって、雇用関係の助成金の受給に支障が生じることがあるので、雇用関係の助成金を利用している会社は注意が必要となる。

5弁護士に相談するメリット

従業員の解雇に関して弁護士に相談することには、いくつかの重要なメリットがあります。

(1)法的リスクの回避

解雇は慎重に行わないと、不当解雇とされるリスクがあります。弁護士は労働法に詳しく、解雇の正当性や適切な手続きについてアドバイスを提供してくれます。これにより、企業は法的なトラブルを回避し、解雇を進める際に適切な手続きを踏むことができます。

(2)解雇理由の適正化

解雇には正当な理由が求められ、業績不振や勤務態度の問題など、解雇事由に合理的な説明が必要です。弁護士は、企業が提示する解雇理由が法的に妥当であるかを確認し、証拠や記録の整備をサポートします。これにより、万が一従業員が不当解雇を訴えた場合に備えることができます。

(3)手続きの適正化

解雇予告や通知の方法、退職金や未消化の有給休暇の処理など、細かい手続きが求められます。弁護士は、これらの手続きを適切に進めるためのガイダンスを提供し、企業の負担を軽減します。

(4)労働審判や訴訟への対応

もし解雇に対して従業員が異議を唱え、労働審判や裁判に発展した場合、弁護士が企業を代理し、最適な対応を行うことができます。

6解雇後のトラブル防止策

従業員解雇後のトラブル防止策は、企業にとって重要な問題です。不当解雇や労働審判、訴訟を避けるために、以下の対策を講じることが求められます。

(1)解雇理由の明確化

解雇の理由は具体的で合理的でなければなりません。業績不振や勤務態度の問題など、解雇理由を文書で明確にし、従業員に適切に説明することが重要です。これにより、不当解雇を主張されるリスクを減らすことができます。

(2)解雇手続きの適正化

解雇前には警告や改善の機会を与え、段階的に問題を解決しようとする努力が必要です。就業規則に基づき、解雇予告期間や退職金の支払い、未消化の有給休暇の処理など、適正な手続きを踏むことが重要です。解雇通知は書面で行い、内容を証拠として残しておくことが推奨されます。

(3)退職後のフォローアップ

退職金や再就職支援など、従業員がスムーズに新たな職を見つけられるような支援を行うことで、トラブルを未然に防げます。また、解雇後に従業員から問い合わせがあった場合、迅速かつ丁寧に対応し、円満な退職をサポートすることが信頼を維持するために重要です。

これらの対策を実施することで、解雇後のトラブルを防止し、企業のリスク管理を強化することができます。

Last Updated on 1月 23, 2025 by kigyo-kumatalaw

この記事の執筆者:熊田佳弘

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