
役員から管理職へのパワハラとは?
労働施策総合推進法30条の2によるとパワーハラスメントは以下のとおり定義されている。
職場におけるパワーハラスメントとは、職場において行われる
①優越的な関係を背景とした言動であって、
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ 従業員の就業環境が害されるもの
であり、①から③までの3つの要素を全て満たすものをいう。
役員から管理職へのパワハラ(パワーハラスメント)は、企業内での上下関係を背景に、役員がその地位や権限を濫用して管理職に対して不適切な言動を繰り返す行為を指します。管理職も一般社員より上位の立場ではありますが、役員とは明確な上下関係にあるため、パワハラの構造が成立します。
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パワハラ(パワーハラスメント)の定義と企業側の対策について解説

管理職に対するパワハラも認められる
一般的な従業員ではなく、支店長クラスの管理職に対しても、役員クラスからのパワハラが考えられます。
典型的なパワハラの例(役員 → 管理職)
① 人格否定・侮辱
「お前は管理職の器じゃない」「存在自体が迷惑」など、人格を否定する言葉を繰り返す。
② 会議中に他の役員や社員の前で名指しして叱責・侮辱する。
③ 過大な要求
明らかに一人で遂行できない業務量や責任を与える。
他の管理職にはない過度な報告義務や休日出勤を強要する。
④ 過小な要求
本来の職務と無関係、または能力を大きく下回る業務しか与えない(いわゆる「窓際族」的扱い)。
⑤ 人間関係からの切り離し
⑥ 会議や意思決定から意図的に排除する。
⑦ 社内連絡をあえて送らないなどの情報遮断。
⑧ 私的な雑用の強要
⑨ 自身の家族への送迎や私用のスケジュール管理など、職務外の行為を命じる。
⑩ 辞職・降格の強要
⑪ 業績評価や勤務態度に関する正当な根拠なく、「辞めろ」「降格だ」と繰り返し発言。
パワハラがもたらす企業損失とは?
役員から管理職に対するパワハラは、企業にとって重大な損失を引き起こします。
単に人間関係の問題にとどまらず、経営・法務・人材の各側面に波及し、企業価値や組織運営を深刻に損なうリスクを孕んでいます。
以下に主な企業損失を整理します。
① 人材の喪失と組織の弱体化
・ 優秀な管理職の退職・流出
パワハラを受けた管理職が心身に不調を来し、休職・退職に至るケースは多いです。
特に中核管理職の離脱は、現場統制・人材育成・業績管理の機能不全を引き起こします。
後任人材の不在・採用難役員の横暴な態度が社内外に知れ渡れば、優秀な人材が昇進や入社を敬遠する要因になります。
② モチベーションと生産性の低下
・ 組織全体の士気低下
「あの人がやられているなら、自分もいつか」と感じる心理的萎縮(サイレントパニック)が広がります。
指示待ち、忖度、責任回避といった消極的な組織文化が醸成され、生産性が低下します。
・ 創造性・提案力の喪失
管理職層が委縮することで、部下への適切な支援やチャレンジの推奨ができず、現場の提案力が劣化します。
③ 訴訟リスクと賠償責任
・ 損害賠償請求・労災申請
パワハラが原因で精神疾患を発症し労災認定されれば、企業は損害賠償請求や労働基準監督署からの指導に直面します。
・ 役員個人の責任問題(会社法429条)
取締役が故意または重大な過失により会社に損害を与えた場合、株主代表訴訟の対象になり得ます。
④ レピュテーションリスク(評判の毀損)
・ マスコミ報道・SNS炎上
近年は内部告発や報道によってパワハラ問題が顕在化しやすくなっており、企業イメージが一気に失墜する恐れがあります。
・ 取引先・顧客からの信用低下
「コンプライアンス意識に欠ける企業」とみなされ、取引停止や契約打ち切りに至ることもあります。
⑤ 企業統治(ガバナンス)の崩壊
・ 社内統制の機能不全
パワハラを行う役員が実質的な影響力を持ち続けると、内部通報制度や監査機能が形骸化します。
・ 取締役会・監査役の責任不履行
他の役員や監査役が黙認していた場合、その責任も問われ、取締役会自体の信頼性が損なわれます。
管理職が相談窓口を利用しない理由
管理職がパワハラなどの被害を受けても社内の相談窓口を利用しない理由は、一般社員とは異なる立場や心理的要因、組織内の構造的課題などが絡んでいます。以下に主な理由を挙げます。
(1)「弱音を見せられない」という心理的ハードル
管理職は「部下を守る立場」「組織をまとめる立場」という自負があるため、パワハラ被害を訴えることを「自分の弱さ」と感じやすい。
「自分が訴えると部下にも不安を与える」「管理職としての資質を疑われる」といった懸念から、沈黙を選びやすい。
(2) 相談しても改善されない(という不信感)
「相談しても結局は経営層(=役員)の肩を持たれるだけではないか」といった、制度や組織に対する不信感。
過去に類似の相談が握りつぶされた例や、相談者が逆に不利益を受けた事例があると特に顕著。
(3)報復やキャリアへの悪影響への懸念
相談内容が経営層に伝わった場合の報復人事(降格、閑職への異動など)を恐れる。
将来的な昇進や役員登用の機会を逃すことを懸念し、被害を我慢する傾向がある。
(4)相談窓口が実質的に機能していない
担当者が人事部門に属し独立性・中立性がない。
担当者に守秘義務の意識やハラスメント対応のスキルがなく、「真剣に受け取ってもらえない」と感じる。
(5)パワハラとしての自覚が曖昧
「厳しい指導」「指示の一環」などと解釈してしまい、自分がパワハラを受けているという認識が薄いケースもある。
特に役員からの言動に対して「これは仕方がない」「立場上、我慢すべき」と合理化することが多い。
(6)相談窓口の認知不足や利用方法の不明瞭さ
特にベテラン管理職層では、相談窓口の存在や使い方を知らない/覚えていないケースもあります。
(7)匿名での相談が可能かどうか、どのように処理されるかが明確でない場合、利用が敬遠される。

内部通報窓口の運営のポイント
内部通報窓口の運営は、企業のコンプライアンスと組織健全性を守るうえで極めて重要です。特にハラスメントや法令違反の早期発見・是正には、従業員が安心して利用できる制度設計と運用体制が不可欠です。
以下に、実効性ある内部通報窓口運営のポイントを体系的に解説します。
(1)独立性・中立性の確保
通報者が「不利益を被るのでは」と恐れて沈黙してしまうのを防ぐため、窓口の信頼性を確保することが最重要です。
実務対応として、人事部や当該部門から独立した部署(法務・監査室など)が運営する必要があります。
外部窓口(弁護士事務所・第三者通報サービス)との併用も有効です。
(2)匿名性・秘密保持の担保
報復や人事上の不利益を恐れて通報が抑制される事態を避けるため、守秘義務と匿名性の担保が不可欠です。
実務対応として、匿名通報を明示的に認めることが必要です。
通報者の氏名や内容の取り扱いについて、社内規程や運用マニュアルで秘密保持を明文化する必要があります。
ITシステム導入時は匿名送信・双方向連絡が可能な仕組みを選定すること考えられます。
(3)通報者保護の徹底
通報後に不利益取り扱い(配置転換・降格等)が行われれば、制度自体の信頼が失墜します。
就業規則や社内規程に通報者の保護規定を盛り込む(報復禁止の明記)必要があります。もし不利益があった場合の是正手段(救済制度)を明確化する必要があります。
(4)周知・啓発の徹底
制度があっても知られていなければ意味がありません。アクセスしやすさと制度への信頼性向上が重要です。
就業規則、インターネット、研修資料、掲示板などで定期的に周知します。
新入社員・管理職研修での制度説明を必須化します。
(5)迅速・適正な調査と対応
通報しても「何も変わらない」「握りつぶされた」と思われると制度が形骸化します。
通報受付→調査→是正措置→完了報告までのフローを文書化します。
調査にあたっては事実確認・聴取の記録化と中立性の保持が重要です。
必要に応じて外部専門家(弁護士・社労士等)を関与させる必要があります。
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内部通報制度とは?違反にならないためのポイントを弁護士が解説!
管理職へのハラスメント対応が難航する要因
管理職が被害者となるハラスメント(特に役員や上司からのパワハラ)の対応は、一般社員の場合と比べて難航しやすい独自の要因があります。以下に、主な要因を整理します。
(1)ハラスメントの構造が見えにくい
管理職は部下を指導する「加害側」と見なされやすく、「被害者」としての訴えが軽視されがち。
上位者からの「業務指導」と「パワハラ」の境界が曖昧で、外形上わかりにくい。
(2)組織内の力関係が影響する(特に役員が加害者の場合)
加害者が意思決定権を持つ経営層であるため、調査や是正措置が事実上困難。
人事部や相談窓口もその役員の影響下にある場合、対応が萎縮・忖度される。
通報・調査が骨抜きになり、改善が進まない(隠蔽や握りつぶし)。
(3)管理職本人が相談をためらう
「上に言っても無駄」「キャリアに傷がつく」と考え、相談や通報を自制。
周囲に相談しづらく、孤立・自責に陥りやすい。
相談が遅れ、事態が悪化(心身不調、退職、労災申請に至るケースも)。
(4)第三者の協力を得にくい(証言・証拠が乏しい)
ハラスメントが1対1の非公開空間(役員室、電話、個別会議)で行われることが多い。
周囲も「関わりたくない」「役員に逆らえない」と証言を避けがち。
客観的証拠が乏しく、調査の正当性や処分の根拠が弱くなる。
(5)企業イメージや統治体制への影響を懸念
管理職に対するハラスメントが公になると、「役員による組織支配」「ガバナンス不全」と見なされる恐れ。
社外取締役や株主からの追及リスクもある。
「組織の問題として認めたくない」という意識が働き、被害の矮小化や対応の先送りが生じやすい。
弁護士によるハラスメント対応・内部通報窓口設計のサポート
弁護士が企業に対して提供できるハラスメント対応および内部通報窓口設計のサポートは、単なる法律相談にとどまらず、組織の実態に応じた実務的・予防的な支援を含みます。以下に、主な支援内容を体系的にご説明します。
(1)ハラスメント対応の総合支援
① 実態把握と初動対応の助言
相談・通報があった際の初動対応(ヒアリング、証拠保全)の手順を助言します。
組織の力関係やリスクを踏まえた事案の整理・方針決定を支援します。
② 調査プロセスの支援
公平・中立な社内調査の実施方法を設計します。
必要に応じて、弁護士が第三者調査者として外部調査を担当します。
調査報告書の作成サポートやリスク評価します。
③ 処分・再発防止措置を提案します。
就業規則・服務規律に基づく処分案を助言(懲戒・配置転換など)します。
(2)内部通報制度・窓口設計の支援
① 制度設計・規程整備
公益通報者保護法に適合した通報制度の構築
社内規程・運用マニュアルの作成・改定(相談窓口規程、秘密保持、通報者保護など)
② 通報窓口の外部受託(外部窓口)
弁護士事務所を「通報受付窓口」として企業と委託契約することができます。
通報受付から報告・一次判断までを中立的に実施します。
③ 対応体制のコンサルティング
通報対応フローの整備(受付、分類、調査、報告、措置まで)
(3)教育・啓発の支援
① 役員・管理職向けハラスメント防止研修
パワハラ・セクハラ・マタハラ等の類型と事例を基に実践的な判断基準を解説
「管理職が加害者にも被害者にもなるリスク」に焦点を当てた内容
企業風土に即したカスタマイズ研修の実施
② 社員向け通報制度研修・説明会
「通報しても大丈夫」「窓口は信頼できる」と思ってもらうための制度説明

まずは弁護士までご相談ください。

Last Updated on 8月 6, 2025 by kigyo-kumatalaw
この記事の執筆者:熊田佳弘 私たちを取り巻く環境は日々変化を続けており、様々な法的リスクがあります。トラブルの主な原因となる人と人の関係は多種多様で、どれ一つ同じものはなく、同じ解決はできません。当事務所では、まず、依頼者の皆様を温かくお迎えして、客観的事実や心情をお聞きし、紛争の本質を理解するのが最適な解決につながると考えています。どんなに困難な事件でも必ず解決して明るい未来を築くことができると確信し、依頼者の皆様に最大の利益を獲得して頂くことを目標としています。企業がかかえる問題から、個人に関する問題まで、広く対応しています。早い段階で弁護士に相談することはとても重要なことだと考えています。お気軽にご相談にお越しください。 |