
退職勧奨とは何か
退職勧奨は、企業が従業員に対して自主的に退職を提案することで、従業員の意思を尊重しつつ、円満な退職を促す手続きです。
強制せず、適切な説明と選択肢の提供が重要であり、法的リスクを避けるため慎重に進める必要があります。
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問題社員への退職勧奨の進め方と訴訟リスク回避のための注意点
退職勧奨とパワハラの境界線
(1) 退職勧奨がパワハラとみなされるケース
a 従業員が退職を拒否しているか否かが重要な要素です。
従業員が退職を拒否しているにもかかわらず、何度も繰り返し退職を迫ることは、心理的圧力を与え、パワハラと判断される可能性があります。
特に、短期間に複数回の面談や勧奨が行われると、従業員は強要されたと感じることがあり、不当な圧力と見なされることがあります。適切な頻度で、従業員に十分な考慮時間を与え、強制的な態度を取らないことが重要です。
b 勧奨の時間帯や場所
退職勧奨がパワハラと見なされるケースでは、時間帯や場所も重要な要素です。例えば、退職勧奨が業務時間外や休憩時間に行われ、従業員が十分に休息を取れない状況で強制的に面談を繰り返すことは、不当な圧力をかける行為としてパワハラと判断されることがあります。
また、退職勧奨の場が職場内である場合、周囲の目がある中で行われることが従業員に心理的なストレスを与え、威圧的な印象を与えることがあります。
特に、管理職や複数の上司が同席して行う場合、従業員が圧倒され、自由な意思決定ができないと感じることもあります。
したがって、退職勧奨はプライバシーを尊重し、静かな場所で、十分な配慮をもって行うべきです。時間帯や場所に配慮し、従業員の尊厳を守ることが、パワハラを避けるために不可欠です。
(2) 退職勧奨がパワハラではないとみなされるケース
退職勧奨がパワハラではないとみなされるケースは、企業が従業員に対して適切かつ配慮深く退職を提案し、従業員の意思を尊重しながら進めた場合です。退職勧奨がパワハラに該当しないためには、以下の条件が満たされる必要があります。
a 退職勧奨が一方的な強制ではなく、従業員に選択肢を提供するものであることが重要です。
企業は退職を提案する理由を明確に説明し、従業員に納得してもらうことが求められます。
この際、退職勧奨があくまで従業員の意思に基づくものであり、選択肢として他の解決方法も提案することが必要です。
例えば、再配置や能力開発の支援など、従業員が退職以外の選択肢を検討できる状況を整えることが重要です。
b 退職勧奨の進行方法に配慮がなされていることもパワハラに該当しない重要な要素です。
面談の日時や場所が適切であり、従業員のプライバシーや心理的な負担に配慮されている場合、パワハラには該当しません。
面談は業務時間内に行い、従業員が不安や圧力を感じないように配慮した方法で進めるべきです。
c さらに、退職勧奨を行う際には、感情的な発言や攻撃的な態度を避ける必要があります。
企業側は冷静で礼儀正しい対応を心がけ、従業員の人格を尊重した言葉遣いや態度をとることが求められます。退職勧奨がパワハラではないとみなされるためには、企業側が従業員を尊重し、圧力をかけることなく、誠実に説明を行うことが不可欠です。
d 最後に、従業員が退職勧奨を受け入れるか拒否するかはあくまで従業員の自由であり、企業は強制的な圧力をかけることなく、その意思を尊重する必要があります。
従業員に対して十分な検討時間を与え、納得できる形で退職勧奨を進めることが、パワハラを避けるために重要なポイントです。
退職勧奨がパワハラに該当する具体例
(1) 精神的ないやがらせ
退職勧奨がパワハラに該当する場合、精神的な嫌がらせが大きな要因となります。精神的な嫌がらせとは、従業員に対して無理に退職を促すために、過度な圧力や不安を与える行為です。
例えば、「このままだと会社に居場所がなくなる」「あなたの能力ではここでは続けられない」など、従業員の自己価値を否定するような発言をすることは、精神的な嫌がらせに該当します。このような発言は従業員に強いストレスを与え、退職を迫られているという心理的圧力を感じさせることになります。
さらに、退職勧奨が何度も繰り返されることで、従業員は精神的に追い詰められます。過度に繰り返し面談を行い、辞職を求める行為は、従業員に「辞める以外の選択肢がない」と感じさせ、精神的な苦痛を与えます。特に、退職を拒否する従業員に対して、仕事の評価を低くしたり、無視したりする行為も精神的な嫌がらせとしてパワハラに該当することがあります。
(2) 退職の強要
退職勧奨がパワハラと見なされる場合の一つに、退職の強要があります。
退職勧奨はあくまで従業員に選択肢を提供するものであり、強制ではありません。
しかし、企業側が従業員に対して強い圧力をかけ、退職を受け入れなければ不利益を被ると感じさせるような態度を取ると、退職が強要されたとみなされ、パワハラに該当する可能性があります。
例えば、従業員に対して「辞めなければ解雇する」「辞めなければ昇進や給与が望めない」など、退職しなければ不利益を被ると脅すような発言は、退職を事実上強制する行為となります。このような発言や態度は、従業員に自由な意思決定をさせず、心理的な圧力をかけることになり、パワハラとして訴えられるリスクがあります。
また、退職勧奨の過程で、従業員が退職を拒否しているにもかかわらず、何度も同じ内容で退職を強く求め続けることも強要に該当します。繰り返し行われる退職勧奨は、従業員に逃げ場がないと感じさせ、圧力を強めることになるため、パワハラと認定される可能性が高くなります。
退職勧奨は、従業員が自主的に退職を選択することを尊重すべきであり、退職を強要することは、企業にとって重大な法的リスクを伴います。
(3) 不当な異動や降格
退職勧奨がパワハラと見なされるケースの一つに、不当な異動や降格が挙げられます。 退職勧奨の過程で、従業員が退職を拒否した場合に、企業がその従業員に対して業務上の不利益を与えることがあります。
このような不当な異動や降格は、心理的な圧力をかける手段として用いられ、パワハラに該当する可能性があります。
例えば、退職を拒否した従業員に対して、突如として業務内容や勤務地を変更したり、地位や給与を不当に下げたりする場合、これは業務上の適正な理由がない限り、従業員に対する不当な報復とみなされます。
また、異動や降格の決定が一方的であり、従業員に対して説明や納得できる理由が与えられない場合、その措置は不当と見なされ、パワハラとして問題となります。このような行為は、従業員の職業生活に深刻な影響を与えるだけでなく、企業側にも法的リスクを伴うため、退職勧奨の際には慎重に進めることが求められます。
退職勧奨に関する裁判事例
(1) 裁判例1 不当な退職勧奨で会社が敗訴したケース
全日空事件(大阪高等裁判所平成13年3月14日判決)
【事例】
全日空が、能力面での問題があった客室乗務員に対して、退職することを繰り返し勧告し、客室乗務員がこれに応じなかったために解雇したところ、この客室乗務員が慰謝料等の支払いを求めて提訴しました。
【争点】
全日空は約4か月の間に30回以上の退職勧奨の面談を行い、その中には8時間もの長時間にわたるものもありました。
また、退職勧奨の面談の際に、大声を出したり、机をたたいたりという不適切な言動もありました。これらの行為が、違法な退職の強要行為にあたるか、が問題となりました。
【裁判所の判断】
退職勧奨の頻度、面談の時間の長さ、従業員に対する言動は、許容できる範囲を超えており、違法な退職強要として不法行為となると判断し、90万円の慰謝料の支払いを命じました。
(2) 裁判例2 適正な退職勧奨で会社が勝訴したケース
ツキネコ事件 東京地令和3年10月27日判決
【事案】
被告は、スタンプ台等の印判用品の販売並びに輸出入等の業務を目的とする株式会社(被告会社)と、その代表取締役C(被告C)の二名であり、原告は従業員として開発部長の職にありました。
休職後リハビリ中の原告に対し、7か月余りの間に21回の面談が設けられ、複数回に渡り退職勧奨が行われました。
違法な退職勧奨がなされたことを理由とする損害賠償請求がなされました。
【争点】
休職後リハビリ中の原告に対し、7か月余りの間に21回の面談が設けられ、複数回に渡り行われた退職勧奨が違法といえるか、が問題となりました。
【裁判所の判断】
本件では、7か月余りの間に原告と21回の面談を行い、原告に対して複数回にわたって退職勧奨を行ったと認められる。
しかし、原告は、平成31年3月4日の18回目の面談に至ってももう少しだけ時間がほしいと回答するなど、被告Cに対し、退職勧奨を明示的に拒絶したことはないし、被告Cも原告の復職には応じないなどと明言したことはない。このような点に照らすと、被告Cによる退職勧奨の頻度、回数はやや多いとはいえるものの、被告Cの退職勧奨が原告の自由な意思形成を阻害したとは認められない。現に、原告は被告Cの退職勧奨に応じていないし、被告Cも原告に対して復職命令を発している。
以上のとおり、被告Cによる退職勧奨は違法とは認められないから、原告の主張は採用できない。
と判断しました。
退職勧奨を弁護士に依頼するメリット
退職勧奨を弁護士に依頼するメリットは、法的リスクを最小限に抑え、円滑な退職手続きが進められる点です。
まず、弁護士は退職勧奨が不当解雇やパワハラに該当しないよう、適法な手続きと進め方をアドバイスします。これにより、企業は法的リスクを回避し、従業員に対する不当な圧力や不利益を避けることができます。
また、弁護士は退職勧奨の際に従業員の権利を守るための適切な指導を行い、両者が納得する形で退職を進める手助けをします。従業員が不安を感じたり、強引に退職を迫られたりすることなく、穏便に退職が完了するように配慮するため、トラブルの防止にもつながります。
このように、弁護士に依頼することで、法的な専門知識を活用し、企業も従業員も納得できる形で退職勧奨を進めることができ、を回避しやすくなります。
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Last Updated on 7月 10, 2025 by kigyo-kumatalaw
この記事の執筆者:熊田佳弘 私たちを取り巻く環境は日々変化を続けており、様々な法的リスクがあります。トラブルの主な原因となる人と人の関係は多種多様で、どれ一つ同じものはなく、同じ解決はできません。当事務所では、まず、依頼者の皆様を温かくお迎えして、客観的事実や心情をお聞きし、紛争の本質を理解するのが最適な解決につながると考えています。どんなに困難な事件でも必ず解決して明るい未来を築くことができると確信し、依頼者の皆様に最大の利益を獲得して頂くことを目標としています。企業がかかえる問題から、個人に関する問題まで、広く対応しています。早い段階で弁護士に相談することはとても重要なことだと考えています。お気軽にご相談にお越しください。 |