
業務命令違反とは
(1)前提としての労働契約
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立するものです(労働契約法第6条)。
一般的に、労働者は、就業規則の服務規律で会社の指示命令に従うべきと定められています。
例えば、厚生労働省モデル就業規則(令和5年7月版)では、第3章第10条で「労働者は、職務上の責任を自覚し、誠実に職務を遂行するとともに、会社の支持命令に従い、職務能率の向上及び職場秩序に努めなければならない。」 として服務規律を定めています。
(2)業務命令違反とは
業務命令違反とは、従業員が会社や上司の指示に対して、正当な理由なく従わないことをいいます。業務命令違反は一般的に就業規則で解雇事由として定められています。
厚生労働省モデル就業規則(令和5年7月版)では、同就業規則第12章第68条第2項で「正当な理由なく、しばしば業務上の指示・命令に従わなかったとき。」を懲戒事由として定めています。
(3)よく相談を受ける業務命令違反には、次のような例があります。
① 自分の意思を押し通して業務命令に従わない
② 会社に不満があり、業務命令を素直に聞かない
③ 業務命令がパワハラ、嫌がらせだと主張し、無視する
④ 「自分のすべき仕事ではない」と考え、指示された仕事をせず、職務放棄する
⑤ 会社や上司に対する誹謗中傷を繰り返して業務命令に従わない。
⑥ 残業するよう業務命令したが、定時で帰ってしまった

業務命令違反による解雇が不当解雇とされることもある
(1) 大阪地方裁判所 令和4年9月29日判決
服務規律及び業務命令に違反し引継ぎを拒絶し会社の業務に著しい支障を生じさせたなどとして、解雇された従業員が会社に対し、解雇が違法無効であるとして、労働契約上の地位確認、未払賃金、慰謝料の支払を求めた事案。
裁判所は、被告が主張する解雇理由に該当する行為のうち、職務遂行能力の欠如並びに虚偽の雇用保険被保険者離職証明書の作成及び提出についてはいずれも認められず、服務規律、業務命令違反については被告からの注意や指示に応じない姿勢を示した点が認められるにとどまり、解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないとして、無効と認め、地位確認、未払賃金の一部を認容し、解雇手続が不法行為とはならないとして、慰謝料請求を棄却した事例
(2) 東京地方裁判所 平成30年4月13日判決
業務命令に違反したとして懲戒解雇された従業員が、会社に対し、懲戒解雇は無効であるとして、地位確認及び未払賃金(解雇月及び解雇以降)の支払等を求めた事案。
裁判所は、本件懲戒解雇事由としての、業務命令自体が存在せず、従業員の言動による金銭的損害は認められず、本件懲戒解雇に当たり被告の就業規則上の懲罰委員会・事業部会も開かれておらず、従業員の懲戒処分としては役位剥奪・降職等の処分でその目的を達することが可能であるところ、本件懲戒処分は、その処分が重きに失し、懲戒権の濫用として無効であるとして、請求を全部認容した事例
(3) 東京地方裁判所 平成28年2月4日判決
「○○の仕事はもうやらない。」「ひどい組織だ。こんな組織では仕事ができない。」「担当を外れる。プロジェクトは9月から一切やらない。」などと述べて引継ぎを拒否したことを理由として解雇された従業員が、会社に対し、会社による解雇は権利の濫用で無効であるとして、労働契約上の地位の確認並びに未払賃金及び夏期・冬期の賞与の支払を求めた事案。
裁判所は、「1年間にわたって継続的に月平均90時間超の所定時間外労働を行わせ、原告が再三にわたって業務負担の軽減を訴え、その際に体調不良を訴えたこともあったにもかかわらず、恒常的な長時間労働の状況が改善されなかった」「正当な業務負担軽減の要望を繰り返す中で行った個々の発言を捉えて、原告が業務命令に違反し、業務遂行を拒否した」などとして、解雇権を濫用したものとして、解雇を無効とし従業員の労働契約上の地位を認め、賞与請求権につき、普通賞与の支給条件との関係では、従業員が出勤していたものとして扱うのが相当として、従業員の請求を一部認容し、その余の請求を棄却した事例
(4) 東京地方裁判所 平成27年10月28日判決
「納得してない仕事は出来ないし、モチベーションが維持出来ません。」などと上司にメールをしたうえで、会社が指示した業務について十分な教育指導を受けていないことを理由に「お断りをしたく考えております。」「上司の指示に対して、反抗している訳ですから、会社さんからのどの様な評価も甘んじて受けいれるつもりでお伝えしています。」などと書いたメールを送ったことなどを理由として解雇された従業員が、会社に対し、解雇無効等を求めた事案。
裁判所は、「まずは本件業務命令の趣旨を説明するなどして、原告の誤りを指摘・指導し、その理解が得られるよう努めるべきであったといえる。」「少なくとも文面上は、原告の本件業務命令を拒否する意向が強固で話し合う余地すらないものとは認められない。」などとして、会社が行った解雇を不当解雇と判断した。
(5) 東京地方裁判所立川支部 平成24年10月3日判決
学校法人が、高校の教員らに、入学式や入試などの行事の際に、通学路に立つことを命じた立ち番指示の事例で、肉体的負担と精神的苦痛を課してまで実施すべき理由に乏しい上、他の教員との均衡を欠いて集中的に特定の教員に割り当てた点を指摘して、業務命令は違法であるとして、学校法人に対して損害賠償を命じた。
業務命令違反による懲戒処分・解雇が認められるための4つの要素
業務命令違反を理由とする解雇が不当解雇と判断されている事例も多く存在するため、解雇には注意が必要です。
主な4つの注意点をおさえておいてください。
(1) 業務命令が文書でなされているか
業務命令について、文書などの証拠を残すことが必要です。
裁判所は、証拠に基づいて判断するため、会社は、解雇の正当性を文書などの証拠によって証明する必要があります。
証明できなければ、不当解雇として敗訴する危険があります。
前述した東京地方裁判所平成30年4月13日判決の事例は、口頭や電話での業務命令に違反したことを理由に会社が従業員を懲戒解雇した事例です。
この事件では、業務命令が記録上残っていなかったため、 裁判所では「業務命令が存在したものとは認められない。」などとして、不当解雇であると判断され、会社が敗訴しています。
解雇を検討する場合には、業務命令は、文書やメールなど記録に残る形で行う必要があります。
(2) 業務命令拒否について正当な理由がないか確認する必要があります。
業務命令拒否について正当な理由がある場合は、解雇や懲戒処分が認められません。
前述した東京地方裁判所平成28年2月4日判決の事例は、1年間にわたって継続的に月平均90時間超の所定時間外労働により体調不良を訴えて業務負担の軽減を主張した事案です。このような事案で、業務負担軽減の要望を繰り返す中で行った個々の発言を捉え、業務命令違反として解雇することは許されないと判断しています。
(3) 業務命令の趣旨を説明し理解を得る努力を十分行ったか
業務命令違反で解雇する前に「業務命令の趣旨を説明し理解を得る努力」を十分に尽くすことが必要です。
前述した東京地方裁判所平成27年10月28日判決の事例では、裁判所は、「まずは本件業務命令の趣旨を説明するなどして、原告の誤りを指摘・指導し、その理解が得られるよう努めるべきであったといえる。」「少なくとも文面上は、原告の本件業務命令を拒否する意向が強固で話し合う余地すらないものとは認められない。」などとして、会社が行った解雇を不当解雇と判断しています。
(4) 業務命令自体がパワハラになると判断される危険がないか
会社の業務命令自体が不合理であったり、あるいは業務命令自体がパワハラに該当するような場合は、解雇や懲戒は不当と判断されてしまいます。
前述した東京地方裁判所立川支部平成24年10月3日判決では、学校法人が、入学式や入試などの行事の際に、教員に対して、通学路に立つことを命じた事例について、肉体的負担と精神的苦痛を課してまで実施すべき理由に乏しい上、他の教員との均衡を欠いて集中的に特定の教員に割り当てた点を指摘して、業務命令は違法であるとして、学校法人に対して損害賠償を命じています。
業務命令違反があったときに求められる企業側の対応
従業員に重大な業務命令違反があった場合の具体的な対応は次のとおりです。
(1) 戒告、減給などの懲戒処分の進め方
業務命令違反を理由としていきなり解雇するのではなく、事前に懲戒処分が行われていることが必要です。その場合、以下の手順で進めることになります。
ア 弁明の機会を与える
懲戒処分を検討する場合は、本人に懲戒処分を検討していることを伝え、弁明の機会を与えることが必要です。
弁明の機会とは、懲戒処分を検討するにあたり、本人の言い分を聴く機会のことです。
イ 懲戒処分の種類を選択する
本人の言い分を聴いた後は、就業規則上の懲戒処分のうち、どのような処分をするかを検討することになります。
一般的に会社の懲戒処分は、軽い順から以下のような処分が定められていることが一般的です。(以下の例は、厚生労働省モデル就業規則によります。)
① けん責
始末書を提出させて将来を戒める。
② 減給
始末書を提出させて減給する。ただし、減給は1回の額が平均賃金の1日分の5割を超えることはなく、また、総額が1賃金支払期における賃金総額の1割を超えることはない。
③ 出勤停止
始末書を提出させるほか、○日間を限度として出勤を停止し、その間の賃金は支給しない。
④ 懲戒解雇
予告期間を設けることなく即時に解雇する。この場合において、所轄の労働基準監督署長の認定を受けたときは、解雇予告手当(平均賃金の30日分)を支給しない。
ここで注意すべきことは、業務命令違反の程度に応じた懲戒処分を選択することが重要です。軽微な業務命令違反に対して過度に重い懲戒処分をすることは不当な処分として違法になる可能性があります。
ウ 懲戒処分を通知する
どの懲戒処分をするかを判断したら、懲戒処分通知書を作成したうえで、処分を本人に伝える必要があります。
(2) 始末書の提出を求める
ア 一般的な就業規則では、戒告処分や減給処分の際は、従業員から始末書を提出させることが定められています。
始末書は、従業員に業務命令に違反したことを謝罪させ、同様のことを繰り返さないことを誓約させる文書です。
そのため、従業員自身の意思で文面を考えて書かせることに意味があり、会社から文例を提示して記載させるべきではなりません。
イ 始末書の主な記載内容
① 業務命令はどのようなものであったか
② 業務命令に従わなかった理由は何か
③ 業務命令に従わなかったことによって会社にどのような支障が生じたのか
④ 今後はどうするのか
このような点を、従業員自身に考えさせて作成させることが重要です。
(3) 解雇ではなく合意による退職を目指す
従業員が業務命令に違反する態度を続け、懲戒処分をしても態度を改めないときは、従業員の懲戒解雇を検討することになります。ただし、従業員を解雇してしまうと、前述のとおり不当解雇として訴えられるリスクがあり、その場合、万一敗訴すれば多額の金銭支払いを命じられます。
また、勝訴したとしても、長期間にわたり、裁判に費用や労力を割くことは企業経営にとってプラスではありません。
退職勧奨という形で、合意による退職を目指すべきです。
(4) 退職勧奨
退職勧奨は、使用者が労働者に対し、労働契約の合意解約の申込に承諾を求める行為で、基本的に自由に行うことができます。
しかし、差別的取扱をした場合や、退職勧奨の手段・方法が、社会通念上相当と認められる限度を超えている場合は、違法とされ、不法行為になる場合があります。
そのため、退職勧奨を行う場合は、あくまでも労働者の自発的な退職意思を形成するために行うものであることを理解し、虚偽を述べたり、脅迫的な言葉を用いることはできません。
▼退職勧奨に関する記事はこちら▼
退職勧奨で言ってはいけない言葉とは?注意点や裁判事例について弁護士が解説
退職勧奨で言ってはいけない言葉とは?注意点や裁判事例について弁護士が解説
(5) 合意による解決ができない場合はやむなく解雇を検討します
従業員が合意による退職に応じない場合は、解雇を検討します。
解雇にあたっては、「懲戒解雇にするか普通解雇にするか」の判断をすることがまず必要です。
業務命令違反の場合はどちらの方法でも解雇は可能ですが、後で不当解雇であるとして訴えられたときに、裁判所で正当な解雇と認められるためのハードルは、懲戒解雇のほうが普通解雇よりも高くなっています。

弁護士へのご相談によって業務命令違反者への処分に関するトラブルを抑制することができます。
(1) 業務命令違反による解雇に関しては、業務命令の適法性、解雇の有効性など、判断に悩む事案が多くあります。さらに、トラブルになった場合、損害賠償請求訴訟などが提起される可能性があります。
手続としては、示談交渉、労働審判、民事訴訟が一般的ですが、ときには、いきなり保全処分がなされることがあります。
(2) このような労働者からの請求を予防し、あるいは労働者からの請求を受けても会社の利益を最大限確保するために、注意するべきことは非常に多くあります。
そもそも、就業規則に不備があったり、就業規則を周知していなかったり、業務命令や指導支持を記録していなかったり、解雇理由証明書を発行してしまったので理由が追加できない等、後からでは取り返しがつかない場合もあります。
弁護士へのご相談によって業務命令違反者への処分に関するトラブルを抑制することができます。
従業員の業務命令違反、解雇に関しては、できるだけ早期に弁護士にご相談下さい。
▼関連する記事はこちら▼
業務命令を無視する問題社員やモンスター社員の対応・解雇方法について
業務指示、上司の指示に従わない社員を解雇できるのか?適切な対応方法について弁護士が解説!

Last Updated on 8月 18, 2025 by kigyo-kumatalaw
この記事の執筆者:熊田佳弘 私たちを取り巻く環境は日々変化を続けており、様々な法的リスクがあります。トラブルの主な原因となる人と人の関係は多種多様で、どれ一つ同じものはなく、同じ解決はできません。当事務所では、まず、依頼者の皆様を温かくお迎えして、客観的事実や心情をお聞きし、紛争の本質を理解するのが最適な解決につながると考えています。どんなに困難な事件でも必ず解決して明るい未来を築くことができると確信し、依頼者の皆様に最大の利益を獲得して頂くことを目標としています。企業がかかえる問題から、個人に関する問題まで、広く対応しています。早い段階で弁護士に相談することはとても重要なことだと考えています。お気軽にご相談にお越しください。 |