1.契約書に関するよくあるトラブル
契約書についてはインターネット上でも様々なひな形が公開されています。しかし、このひな形を安易に使って契約書を作成することにより、次のようなトラブルが発生します。
①ひな形をそのまま使った結果、実際の取引の内容とあっておらず、トラブル時に契約書をもとにした自社に有利な主張ができず、自社に不利な解決となってしまう。
②自社の債務内容を特定できない場合、何をどこまでしなければならないかが契約上判断できないため、相手方から過剰な要求を受ける可能性がある。
③自社としても守ることができない契約条項をひな形のまま残した場合、相手方から契約違反を指摘され、不利になってしまう。
そのため、ひな形は、あくまでも参考程度にとどめ、実際の取引に応じたオリジナルの契約書を作ることが、ビジネス成功の基本です。
2.契約書とは何か
契約書とは、取引当事者間で、ある契約が成立したことを証明する文書です。
契約は、原則として口頭でも成立します。
しかし、重要な取引については、契約が成立したことを確実にするために契約書が必要になります。契約書が作成されず「口約束」しかない場合、まだ契約が成立していないと判断されることもあります。
また、定期建物賃貸借契約など、契約書を作成しなければ、法律上、契約が成立しないものも存在します(定期建物賃貸借契約については、借地借家法38条1項で書面によって契約しなければ契約が成立しないことが定められています)。
3.契約書が必要な理由
前述のとおり、多くの契約は口頭でも成立しますが、それにもかかわらず、契約書の作成が必要な理由は以下の点にあります。
(1)当事者間の合意内容を正確にするため
口頭での合意は、お互いが異なった見方または独自の解釈により、合意できていると錯覚していることがあります。
書面化することにより、使用される単語の定義を双方で確認したり、用語を正確に使用することにより、合意内容を検証することができます。その検証過程を経た合意内容であれば、合意内容の確実性が増すと考えられます。
例えば、自社がシステム会社にシステムの制作を発注する場合、自社が発注しようとするシムステムがどのような内容で、対価ががいくらで、いつまでに制作してもらう必要があるのかという点について、相手方との間で合意内容を検証する必要があります。しかし、口頭ではこれらの点の確認が不十分になりがちですし、たとえ確認したとしても、自社の認識と相手方の認識が一致しているかどうか不明確です。そこで、相手との間で合意が成立したことを確実に確認するために契約書を作成する必要があります。
(2)紛争化したときに当事者間で解決できるようにするため
もう1つの契約書の目的として、紛争化した時に、訴訟までしなくても当事者間で解決できるようにするという点があります。
例えば、自社がシステム会社にシステムの制作を発注した場合に、後日、完成したシステムのプログラムの著作権をめぐってシステム会社とトラブルになることがあります。そのような場合も、契約書を作っていれば、契約書を確認することにより、契約当時、著作権についてどのように合意されていたかを確認することができ、訴訟等をしなくても紛争を解決できる可能性が高いといえます。
(3)訴訟になった場合に証拠とするため
さらに、契約書の重要な機能の1つとして、訴訟になった場合の証拠とするという点があげられます。
例えば、自社がシステム会社にシステムの制作を発注したが、当初の約束通りの仕上がりにならなかったとして契約の解除や損害賠償請求をする場合、訴訟になれば、当初約束していたシステムの仕様がどのようなものだったのかが争われることになります。この場合に契約書においてシステムの仕様について記載をしていれば、それは重要な証拠となります。このように、契約書は訴訟における自身の主張を根拠づけるための重要な証拠になるという機能があります。
最初から訴訟の準備をすることで訴訟を回避することができます。
(4)見積書やメールでは不十分
ア契約書を作るのは手間なので、見積書を送るだけで良いのでは?
見積書は、契約に先立ちそのように費用を見積もったというものにすぎません。その内容に両当事者が同意したという証拠がないため、契約書と同じ機能を果たすものではありません。
契約書は取引当事者が署名または捺印することにより、双方が合意したという点が証拠化されている点に大きな意味があります。見積書を送るだけでは見積内容に相手が承諾した証拠がないため、双方の合意の証拠とすることはできません。
イ契約内容についてメールで送って、それについて承諾のメールを返信してもらえばよいのでは?
しかし、特に企業が当事者となる契約については、契約が成立するための合意を、企業における権限者が行う必要があります。担当者が承諾のメールを送信したとしても、それは必ずしも契約が成立したことを意味しません。メールの送受信での記録は、代表取締役その他の権限者による署名または捺印がされる契約書と同等の効果があるわけではありません。
メールのやりとりを詳細に確認すると、申し込みと承諾が、かみ合っていないこともあり、これでは、合意が成立したと認めることはできません。
4.契約をするための付随調査
契約をするためには、事前に様々な調査が必要となります。
(1)相手方を特定するための調査
相手方が、「法人か、個人か」、法人であれば、その登記簿謄本で本店所在地や代表者を確認し、個人であれば、住民票または戸籍謄本等で本名を確認することが必要です。
(2)契約の相手方の資産状況、業務内容、財務内容が問題となる場合は、その内容がわかる資料を収集する必要があります。
(3)契約当事者の信用調査が必要な場合は、通常行われる信用調査を行う必要があります。
(4)契約の履行に免許または許可が必要な場合には、その確認を行う必要があります。
(5)契約内容が、特許、実用新案等である場合は、その登録上の確認、不動産である場合には、不動産登記の登録事項証明など公の登録、登記があるものに関しては、必ず記載証明を取得して確認する必要があります。
5.契約方法から見た契約の種類
契約方法から見た契約の種類として、「1,口頭の契約、2,当事者間における契約書の作成、3,電子契約、4,公正証書」などがあります。
以下で順番に説明します。
(1)口頭の契約
原則として口頭でも契約が成立することは前述の通りです。ただし、通常は契約書を作るような重要な契約については、口頭で合意をしていただけでは、まだ契約は成立していないと判断されることがあります。
(2)当事者間における契約書の作成
紙媒体で契約書を作成する方法です。当事者間の合意であれば、「合意書」、「覚え書き」、「念書」、「契約書」など、いずれの表題でも、契約書と同じ機能を持たせることができます。
また、「契約書」のように両当事者が署名、捺印する形式でなかったとしても、例えば、発注者が署名、捺印した「発注書」により契約の申し込みをして、それに対して受注者が署名、捺印した「発注請書」を交付することで申し込みを承諾すれば、契約書を作成したのと同じ機能を持たせることができます。
(3)電子契約
電子契約は、契約書のデータファイルを、オンライン上で契約の相手方に開示して、双方の合意を確認することにより、契約を締結するものをいいます。最近増えてきているものです。電子契約については、契約書の署名、捺印に代わるものとして、電子署名を準備することが必要です。
(4)公正証書
公正証書は、公証役場において公証人がその権限に基づいて作成する契約書のことです。公正な第三者である公証人が作成することにより、当事者間で作成した契約書よりも高い証拠力が認められます。
公証人によって作成される公正証書の中には、「強制執行認諾文言付き公正証書」と呼ばれるものがあり、これは契約に違反して金銭の支払いがされなかった場合に相手の財産を差し押さえるという法的効力が与えられています。
5.契約書作成にあたっての注意点
(1)目的意識をもって書く
契約書を作成するにあたっては、「この取引にどんなリスクがあるのか」をしっかり考えたうえで、「そのリスクをカバーする」という目的意識をもって契約書を作ることが最も重要です。
例えば、売買契約でいえば、売主側、買主側それぞれについて一般的に以下のようなリスクがあります。
自社が売主側の場合のリスク
・代金の回収ができなくなる
・買主から商品や製品のスペックを超えた要求をされてトラブルになる
・商品や製品に不良があったときに買主から過大な請求を受ける
・商品の仕入れができず、その結果、納品ができなくなる
・商品が輸送中に壊れる
自社が買主側の場合のリスク
・納期が遅れる場合のリスク
・商品や製品に不良があったときに十分な対応をしてもらえないリスク
・代金前払いの場合は、支払をしたのに商品が送られてこないリスク
・商品が第三者の知的財産を侵害していた場合に損害賠償請求を受けるリスク
・商品の供給を途中で打ち切られたり、仕様変更されるリスク
・商品を転売する場合、客先で不良が発見され顧客から賠償請求を受けるリスク
このように、自社が取引で負担することになるリスクをしっかり想定し、それを回避するという目的意識をもって、契約書を作成することが重要です。
(2)権利と義務について書く
次に、契約書を作成するにあたっては、「権利と義務について書く」ということを常に意識する必要があります。
契約書と商談資料やビジネスレターの違いは、「契約書は自社と相手方の権利と義務を書いたものである」という点です。契約条項を書くときは、それが以下の4つのうちどれにあたるかを常に意識して書く必要があります。
①自社の権利を定めたものか
②自社の義務を定めたものか
③相手方の権利を定めたものか
④相手方の義務を定めたものか
そのため、「契約条項に主語がなく誰の権利あるいは義務について記載したものかが明確でない」「契約条項として記載されている権利あるいは義務の内容が明確でない」記載は、意味がありません。
(3)第三者にもわかる言葉で書く
「裁判官にわかる言葉で契約書を書く」という点です。ここで裁判官とは、業界には精通していない客観的な第三者という意味で捉えていただいて結構です。
ビジネスにおいてトラブルが裁判にまで発展してしまうことはできる限り避けるべきですが、最終的には裁判所で契約書の意味内容を判断されることを想定しておく必要があります。
例えば、自社と相手方にしかわからない、オリジナルの用語や業界用語が多用されている契約書を多く見かけます。オリジナルの用語や業界用語は、使う人によって意味が異なる場合があります。
しかし、そのような契約書は、いざ裁判になれば、裁判官がわかる一般的な言葉ではありません。
そのため、裁判になれば、契約書で使用されている用語の意味についても相手と争いが生じ、相手から予想もしなかった主張が出される危険があることを認識しておく必要があります。
(4)記載事項が法律で決まっているケースがあります
契約書の中には法律上記載するべき項目が決まっているケースもあります。
ア労働者派遣契約書については、労働者派遣法第26条により記載するべき項目が定められています。
イ期間1か月、金額5万円を超えるエステや語学教室の契約については、特定商取引法の特定継続的役務提供にあたるとされ、契約書面の記載事項が法律で決められています。
このようなケースでは、法律で記載を義務付けられている項目をもれなく、かつ正しく記載することが契約書作成の大前提になります。
(5)関連する法律、判例をリサーチしておく
法律で記載事項が決まっていない契約書についても、契約に関連する法律や判例をリサーチしておかなければ、正しい契約書を作成することができません。
ア売買契約書や請負契約書を作成する場合
売買契約書を作成する際は、民法や商法に定められている売買に関するルールを最低限リサーチしておく必要があります。
イ請負契約書を作成する際は、民法に定められている請負に関するルールをリサーチしておく必要があります。
ウ株式譲渡契約書を作成する際は、会社法128条1項で「株券発行会社の株式の譲渡は、当該株式に係る株券を交付しなければ、その効力を生じない。」とされていることを念頭におく必要があります。
エ個人情報保護に関する契約書を作成する際は、個人情報保護法の内容を踏まえたものにする必要があります。
こういった法律や判例のリサーチが不十分になると、作成した契約書の内容が法律や判例と抵触してしまい、契約条項の無効を主張されるなど、トラブルの原因になります。
(6)ひな形は記載漏れのチェックに使う
インターネットやひな形集として公表されている契約書のひな形を、記載するべき契約条項が漏れていないかどうかのチェックをするためのチェックリストとして利用することは有益です。
いったん、自社でオリジナルの契約書を作った後、ひな形と見比べて、ひな形に盛り込まれている重要な契約条項が、自分の契約書に抜けているという場合は、補充を検討する必要があります。
但し、自社としても守ることができない内容を、ひな形に入っているからということで安易に契約書に入れると、後でその内容を守れずに、相手方から契約違反と言われてしまうことがありますので、十分注意してください。
6.一般的な契約書の構成(記載事項)
一般的な契約書の構成は以下のとおりです。
(1)表題(タイトル)
契約書には表題(タイトル)をつけます。
契約の内容をひと目で把握できるよう短い語句を考えて記載します。
「土地売買契約」であれば、土地の売買であることが端的に表されています。
このように、表題を読めば何が合意されている契約書であるかがおおよそ理解できるようにすることが目的となります。
(2)前文
契約書の表題の後に、前文を入れることが通常です。前文というのは、なぜ合意するのか、何を合意するのかなど契約書として作成される理由などを記載して、契約書作成の趣旨がわかるように記載します。
株式会社○○○○(以下「甲」という)と、株式会社○○○○(以下「乙」という)とは、物品の売買に関し、以下のとおり契約する。
(3)契約条項
この部分は、契約書の内容によってそれぞれになりますが、前述のとおり、「権利と義務について書く」ということを意識して記載していく必要があります。
自社の権利、自社の義務、相手方の権利、相手方の義務を意識して漏れがないように記載することが重要です。
7.契約書作成の形式面
契約書の形式面で注意すべき点は以下のとおりです。
(1)印紙
請負契約書や消費貸借契約書など、一部の契約書は印紙税の対象となり、印紙を貼る必要があります。
印紙税の対象となる契約書の一覧は、国税庁ホームページの印紙税額の一覧表をご参照ください。
なお、印紙を貼らなければならない契約書に、貼っていないことが税務調査等で指摘された場合は、過怠税の対象となります。本来の印紙税額の3倍を徴収されることになります。
印紙が貼ってあるか否かは契約書の有効性に影響はなく、印紙が貼られていなくても契約は無効になりません。
(2)割印
重要な契約書には割印を押すことがあります。割印は、契約書が後で相手によって偽造されることを防ぐために、自社と相手方の契約書にまたがるように捺印します。
すべての契約書に割印を押す必要はなく、特に重要な契約書には割印を押すという考え方で問題ありません。
(3)契印
契印は、契約書の用紙の一部が相手によって差し替えられるなどして偽造されることを防ぐために、捺印します。捺印の方法は主に以下の2つです。
ホッチキス止めされた契約書の場合は、全てのページの見開き部分に両ページにまたがるように捺印します。
製本された契約書の場合は、製本テープと書類の紙の間にまたがるように捺印します。
契印についてもすべての契約書に契印を押す必要はなく、特に重要な契約書には契印を押すという考え方で問題ありません。
(4)訂正印・捨印
契約書の文言を訂正する必要があるときは、印を押して訂正したことを明らかにする必要があります。この訂正のために押された印を訂正印といいます。訂正印には、署名(記名)押印した印を用います。
あらかじめ訂正が生じることを予定して、契約書の空欄部分に押しておく印を捨印と言います。安易に捨印を押すことは、契約内容を変更することができることを意味するので、契約書へは捨印を押すべきではありません。
8.契約書はどちらが作成するべきか?(作成者)
契約書はどちらが作成するべきかについて、決まったルールはありません。
但し、以下の点をおさえておきましょう。
(1)自社商品や自社サービスの契約書は自社で用意するべき
自社商品や自社サービスについては、自社の商談の際に毎回必要になるものです。
そのため、自社でひな形を準備しておくことが必要です。
また、いったんひな形を作成した後も、自社商品、自社サービスを多くの取引先に提供する中で、当初は予想しなかったトラブルやリスクが顕在化してくることが通常です。
そういった後でわかったリスク要因についての対応もその都度、契約書に盛り込んでいき、契約書のひな形を磨きあげていくことが重要になります。
(2)重要な契約書の作成を相手にまかせない
自社商品や自社サービスに関する契約書でなくても、ビジネス上重要な契約をすることがあると思います。
その場合、重要な契約書の作成は相手にまかせず、自社側で作成することが基本です。
これは、契約書には、契約書を作成した側の意向が盛り込まれやすいという傾向があり、重要な契約書ほど、自社側で作成して自社の意向を反映させることが事業戦略上必要になるためです。
もちろん、自社で作った契約書をそのまま相手が承諾することは少なく、相手の要望による修正が入ることが多くあります。
その場合でも、最初に作成した契約書案をベースに修正していくことになるため、作成した側の意向が反映されやすいということをおさえておいてください。
一方、ビジネス上の重要性が高くない契約書については、相手側に作成を求めて手間を省くといった対応をするのもよいでしょう。
9.契約書作成など弁護士への依頼がおすすめ
(1)契約書の作成の際には、「取引のリスク要因を洗い出してそれに対応する契約書を作ること」、「自社や相手方の権利や義務について明記すること」、「関連する法律や判例のリサーチを行ったうえで作ること」などが必要不可欠です。
このような準備を自社で行うことは難しいと思われます。
(2)弁護士への依頼がおすすめ
契約書の作成は、弁護士に依頼することがベストです。
なぜなら前述の「取引のリスク要因を洗い出してそれに対応する契約書を作ること」は、日ごろ、企業から、取引のトラブルについて相談を受け、場合によっては裁判で解決している弁護士が最も精通しているからです。
また、契約書の効力などは最終的には裁判所で判断されます。その意味でも、裁判所の考え方や事実認定の方法などについて、に日ごろから精通している弁護士に依頼することが適切です。
(3)契約書作成の費用
契約書作成の費用は、契約の複雑さや作成するべき契約書の分量によって異なってきます。
当事務所ではおおむね以下の費用をいただいています。
契約書作成の費用の参考:10万円+税
※A4用紙で3枚程度までのものか、事務所で所有するひながたを利用できる契約書についての費用です。詳細は、お問い合わせ時に見積もりを致しますのでご連絡いただきますようにお願いいたします。
Last Updated on 8月 20, 2024 by kigyo-kumatalaw
この記事の執筆者:熊田佳弘 私たちを取り巻く環境は日々変化を続けており、様々な法的リスクがあります。トラブルの主な原因となる人と人の関係は多種多様で、どれ一つ同じものはなく、同じ解決はできません。当事務所では、まず、依頼者の皆様を温かくお迎えして、客観的事実や心情をお聞きし、紛争の本質を理解するのが最適な解決につながると考えています。どんなに困難な事件でも必ず解決して明るい未来を築くことができると確信し、依頼者の皆様に最大の利益を獲得して頂くことを目標としています。企業がかかえる問題から、個人に関する問題まで、広く対応しています。早い段階で弁護士に相談することはとても重要なことだと考えています。お気軽にご相談にお越しください。 |