退職した従業員に対して損害賠償請求ができるケース

1.退職した従業員に対して損害賠償請求できる場合について検討します。

よくある相談例は、次のとおりです。

①退職した従業員が競合会社に就職した。

②退職した従業員が競合会社の役員に就任した。

③従業員が退職後の競業事業の準備を行っている。

このような場合に損害賠償請求できないでしょうか、というものです。

2.退職した従業員に競業避止義務はあるか?

(1)上記の相談例は、退職した従業員に競業避止義務があるか否かが大きくかかわってきます。

競業避止義務とは、自己又は他人を介して、会社と競合する事業を行うことを禁止することです。

典型的には、競業会社へ転職する行為や競業会社を設立する行為などです。

(2)従業員は、在職中、会社の利益を著しく侵害する競業行為を差し控える義務があります。

多くの会社では、就業規則や誓約書で、在職中の競業避止義務を規定しています。従業員は、在職中、職務専念義務、秘密保持義務や会社の名誉・信用を毀損しない義務を負っています。

(3)しかし、退職後の従業員には、職業選択の自由や営業の自由が保障されており、当然には競業避止義務は発生しません。

退職後の従業員に競業避止義務を課すためには、特別な合意が必要となります。

会社が従業員に対して退職後の競業避止義務違反を主張するためには、就業規則や誓約書(入社時又は退職時)で特別な合意をする必要があります。

3.退職した従業員に対する対応について

(1)競業避止義務が否定される場合もある

退職後の競業避止義務は、就業規則や誓約書(入社時又は退職時)において、特別に規定されている必要があります。

しかし、規定があっても、従業員の職業選択の自由や営業の自由の観点から、無制限に競業避止義務が認められるものではありません。

(2)そこで、退職後の競業避止義務は、以下の点を考慮し、合理的な範囲内でのみ認められます。合理的な範囲を超える競業避止義務を規定しても無効と判断されます。

①守るべき会社の利益とその内容が正当なものか

②従業員の地位や役職

③競業避止義務の地域的な限定の有無及び内容

④競業避止義務の存続期間

⑤禁止される競業行為の範囲

⑥代償措置の有無及び内容

(3)雇用契約書、誓約書及び就業規則を整備が必要です。

退職後の競業避止義務は当然に認められるわけではなく、雇用契約書、誓約書及び就業規則で明記しておく必要があります。

雇用契約書、誓約書及び就業規則が存在しない場合、競業避止義務違反に基づく責任追及ができなくなる場合もあるため、注意する必要があります。

誓約書の記載例

私は、在職中及び貴社を退職後1年間は、以下の行為を行わないことを誓約します。

(1)貴社と競合する事業を行う事業者に就職し又はその役員に就任すること

(2)貴社と競合する事業を自ら営み又はその設立に関与すること

(3)貴社の顧客(取引先や提携先を含みます。)に直接又は間接を問わず、取引を行うこと

2私は、前項に違反する行為を行った場合、貴社に対して損害賠償責任を負うことに異議はありません。

4.従業員に対する競業避止義務違反に基づく損害賠償請求(裁判例)

競業避止義務違反に基づく損害賠償請求を肯定した裁判例があります。

(1)東京地判平成29年10月27日

ア事案の概要

市の街頭防犯カメラ設置工事の下請業務を行ってきた原告が、次年度の前記工事の下請契約につき、原告の従業員の被告が、市発注の前記工事を落札した元請業者との下請業務を被告会社に締結させたことから、原告が営業上の損害を被ったとして、被告らに対し、損害賠償を求めた事案である。

イ判旨

原告との間で雇用関係にあった被告は、原告に対する誠実義務・競業避止義務を負っており、被告会社と元請業者との間で下請契約を成立させた被告の行為は、前記各義務に違反し不法行為を構成するとした。

ウ判決のポイント

本判決は、以下の点を考慮して競業避止義務違反に基づく損害賠償請求を認めた。

①元従業員である被告は、原告において、防犯カメラシステム事業の責任者であり、本件工事についても、原告に対して競業避止義務を負っていた。

②被告は、自ら元請2社から下請業務の受注を得ることを意図して、元請2社と交渉を行うとともに、建設業の許可を有する被告会社をして下請契約の主体になることを依頼するなどして、元請2社と被告会社との下請契約を成立させた。

③原告が元請2社の契約相手となること自体の蓋然性は相当程度高かった。

④請求額3900万円に対し、裁判所は、約2694万円を認めた。

(2)東京地判平成15年4月25日(エープライ事件)

ア事案の概要

原告の元従業員である被告が、業務上の必要がないのに他社へ自社製品を送付するよう指示し、かつ、受注予定であった売買の買主を同業他社に紹介する等して原告に損害を与えたとして、被告に対し、雇用契約上の債務不履行(民法415条1項)又は不法行為(同法709条)に基づき損害賠償等を求めた事案である。

イ判旨

被告の行為について、「使用者の利益のために活動する義務がある被用者が、自己又は競業会社の利益を図る目的で、職務上知り得た使用者が顧客に提示した販売価格を競業会社に伝えるとともに、競業会社を顧客に紹介したり、競業会社が使用者の協力会社であるかのように装って競業会社に発注させたり、上司に競業会社がより安い価格で顧客と契約する可能性があることを報告しなかった行為であるから、雇用契約上の忠実義務に違反する行為であるとともに、原告の営業上の利益を侵害する違法な行為であるというべきである」とし、従業員に対して310万9600円等の損害賠償責任を認めた。

ウ判決のポイント

従業員が、自己又は競業会社の利益を図る目的で、次の行為を行うと、損害賠償が認められる可能性が非常に高くなります。

①職務上知り得た顧客に提示した販売価格を競業会社に伝える

②競業会社を顧客に紹介する

③競業会社が使用者の協力会社であるかのように装って競業会社に発注させる

④上司に競業会社がより安い価格で顧客と契約する可能性があることを報告しない

5.損害賠償請求以外の手段も検討できること

一般的には、競業避止義務違反に対して損害賠償請求を行いますが、損害賠償請求以外にも、以下の手段も可能です。

特に、競業避止義務違反だけではなく、営業秘密の漏洩等が問題となっており、特に悪質な事案については刑事手続(告訴手続)も検討することが可能です。

①競業行為の差止請求

②競業行為差止めの仮処分

③刑事手続(告訴手続)

6.競業避止義務違反に対する弁護士の対応

競業避止義務違反があった場合、会社は、従業員に対して、競業避止義務違反をやめさせ、競業避止義務違反による損害の回復を目指す必要があります。

弁護士は、紛争・訴訟対応や労働法に精通しており、従業員による競業避止義務違反に対して、以下の対応が可能です。

①従業員のどのような行為が競業避止義務違反にあるかの検討・判断

②従業員に対する内容証明郵便(警告書)の送付

②従業員との裁判外交渉

③従業員に対する損害賠償請求などの民事訴訟提起

④刑事告訴(不正競争防止法違反がある場合)

当事務所では、顧問契約(企業法務)について、常時ご依頼を承っており、迅速かつ的確にトラブルの解決を実現します。お悩みの経営者の方は、まずは法律相談にお越しください。

Last Updated on 8月 23, 2024 by kigyo-kumatalaw

この記事の執筆者:熊田佳弘

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